《あんさんぶる NO.492》(発行所:カワイ音楽教育研究所本部)に、 おすすめCDとしてRevitalizetion Tomoko plays TOMOKO をご紹介して下さっています。 |
2008.09.19 updated |
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◆木村元 [音楽を愛する人のための出版社(株)アルテスパブリッシング代表取締役] |
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J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲(全曲) |
2008.07.22 updated |
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◆濱田滋郎:推奨 |
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ヴァイオリン&ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ |
2008.02.22 updated |
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| 足掛け2年半にわたり取り組んできたヴィオロンチェロ・ダ・スパッラによるバッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲演奏の完結編。プログラムは、核となるバッハ「無伴奏チェロ組曲第4番」と「無伴奏チェロ組曲第6番」の間々に、テレマン「無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲第1番」とビーバーの「パッサカリア・ト短調」の無伴奏ヴァイオリン作品を配置するもの。無伴奏作品の持つ純度の高さが寺神戸の音楽を内面から浮き彫りにし昇華させた。 むろん、寺神戸の無伴奏ヴァイオリンも魅力的であったが、当夜は、何よりスパッラによる「無伴奏チェロ組曲」がメイン・ディッシュ。特に「組曲第6番」での高音域は、チェロにはない自然な響きの得難い音色であった。モダン・チェロやバロック・チェロとは異なる繊細な調べながら、スパッラの音の軽やかさや運動性の高さにより、バッハが「無伴奏チェロ組曲」で意図したであろう音楽の流麗さは、チェロにはない味わいを醸し出した。 まさに目から鱗の感である。復元楽器としての宿命から演奏法も未知の部分が多く、寺神戸による2年半の討究の明証ともいえるが、今後のスパッラによる演奏の進展が楽しみである。 12月12日・ハクジュホール ●高山直也 |
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北とぴあ国際音楽祭2007 モンテヴェルディの傑作《オルフェーオ》 |
2007.12.21 updated |
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| 取材・文=那須田務 今年の「北とぴあ国際音楽祭」最大の呼び物が、このモンテヴェルディの《オルフェーオ》。演出は笠井賢一と野村四郎により、能とオペラの融合というコンセプトが注目された。指揮の寺神戸亮はヴァイオリンの弾き振り。管弦楽には初版譜に指定されたほぼすべてのピリオド楽器が動員され、ピッチと音律はA=466Hz及びミーントーン。 四角い舞台に前後左右5つの方向から橋が架かり、オルフェーオをはじめパストラーレの住人の衣装は望月通陽による、染めの和の質感と時空を越えた斬新なデザイン、方や、神々や黄泉の世界は能装束を基本としたものというように、衣装を通しても両世界が対比される。地上の喜びを表す花の大玉や、2つの世界の境を示す舞台奥の大枠といった、象徴的な道具や歌手たちの動きなど、様々な点で能を想起させる。 寺神戸の、スコアの細部にまで念入りに造形された音楽作りは、こうした静的な演出によく馴染むが、それが作品とぴたりと合致していたのは3、4幕のカロンテと冥界のシーン。その反面、生命の喜びに沸き立つ1幕のダンスでは、曲が本来捕らえているはずのダイナミズムや躍動感の点で、差異や若干の物足りなさを覚えた。 とはいえ、ポッジャー、懸田、野々下、若林、波多野らソリストは役柄に嵌った安定した歌唱を示していたし、ヴェテランを揃えた脇役や合唱、管弦楽の活躍ぶりもあって、演奏そのものは高水準。最後に作品へのオマージュの思いを込めて披露された、野村四郎の能の舞もまさしく圧巻だった。 能の特徴である「喜怒哀楽の表現の凝縮」(野村氏)とモンテヴェルディの音楽が持つ豊穣さが止揚されて、より力強いメッセージとして実を結ぶには、あるいはもう少し時間と機会が必要なのかもしれない。同時に、日本から世界へ向けて発信する同曲における解釈として、これほど魅力的で大きな可能性を秘めているものもない。いずれにせよ、同曲の演奏史に記録されるべき意義深い試みであり、公演だった。(11月15日) ■モンテヴェルディ:歌劇《オルフェーオ》全5幕 11月15日、17日 / 北とぴあ・さくらホール 演出=野村四郎、笠井賢一 出演=ジュリアン・ポッジャー(T、オルフェーオ) 懸田奈緒子(S、エウリディーチェ) 野々下由香里(S、音楽/プロセルピーナ) 波多野睦美(Ms、女の使者/希望) 柴山晴美(S、ニンファ) 若林勉(Bs、カロンテ) 畠山茂(Bs、プルトーネ) 与那城敬(Br、アポロ) 演奏=寺神戸亮(指揮&ヴァイオリン) レ・ボレアード |
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寺神戸亮(指揮&vn)&レ・ボレアード、モーツァルト プログラム |
2007.12.21 updated |
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| オール・モーツァルト・プログラムの日本モーツァルト協会との恒例の演奏会。前半は、モーツァルト「交響曲変ホ長調」K184、「ヴァイオリン協奏曲変ロ長調」K207、後半が、「行進曲ニ長調」K237付きの「セレナード ニ長調」K203。 「交響曲変ホ長調」は、後にモーツァルトにとっての象徴的ともいえる変ホ長調。レ・ボレアードの演奏は調整が生み出すイタリア的な明るさと古典派の明快さを保ちながら、気負わずさらりと繰り広げられた。(中略)終始メンバーを纏め上げる寺神戸の手腕のもと、さり気ないながらも吟味された読み解きによるアーティキュレーションやヴィブラートが、演奏効果を高めていた。 後半は、行進曲を伴って、当時に倣い演奏しながらの優雅な入場にはじまる。「セレナード ニ長調」では、個と郡の対立、そして、またある時は調和をはかりながら進められ、唯一第5楽章で奏されるフルートの前田りり子が好演。彼女のたおやかな音色が、メッサ・ディ・ヴォーチェによる味わい深さとともに花を添えた。 10月30日・東京文化会館<小> ●高山直也 |
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[海外取材]バッハフェスト・ライプツィヒ2007 快挙!寺神戸亮、バッハフェストに4年連続出演 |
2007.07.20 updated |
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| 6月16日の夕刻、寺神戸亮は上村かおり、シャレフ・アド・エルの2人とともに、トーマス教会近くのライプツィヒ貯蓄銀行のクンストハレで演奏会を開いた。寺神戸亮の出演は4年連続。ライプツィヒの音楽家には常連として毎年バッハフェストに出演している人は少なくないが、非居住者では最高記録だという。この日本の誇るバロック・ヴァイオリンの名手にバッハ・アルヒーフがいかに大きな信頼を置いているかが分かる。チェンバロの譜めくりをバッハ・アルヒーフの事務局長デットロルフ・シュヴェルトフェーガー博士が自らつとめるのもまったく異例のこと。それも演奏家に対する敬意の表れだろう。 リッカルド・ロニョーニ、アンジェロ・ノターリ、ビアージョ・マリーニ、ダリオ・カステッロ、マルコ・ウッチェリーニといったモンテヴェルディ周辺の作曲家の作品でその真価を明らかにする演奏を聞かせた後、コレッリの《ラ・フォリア》、バッハのBWV1021,1019の2つのソナタで締めくくるという今年のバッハフェストのテーマにふさわしいプログラミングだった。小規模の絵画の展示室という環境も、こうした企画に極めて似つかわしい。 |
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07年02月 ハクジュホール ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第1・3・5番 |
2007.03.21 updated |
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寺神戸亮がヴィオロンチェロ・ダ・スパラでバッハの「チェロ組曲」を弾いた。1番の前奏曲、冒頭から柔らかくふくよかなこの楽器特有の音色が、程よい大きさのホールに響き渡る。アルマンドの優美なイネガルやサラバンドの繊細なデュナーミク、サラバンドの繰り返しで聴かせるちょっとした装飾音は寺神戸ならでは。3番の前奏曲ではダイナミックに音楽を語らせる。アルマンドあたりから弓が弦に吸い付いてきた。音色や表現の焦点がさらに絞れてブレーは雀躍とし、ジーグはダンスの愉悦に加えてスピード感があり、重音がくっきりと浮かび上がる。5番の前奏曲は冒頭がやや力みがちに見受けられ、対位法的な箇所などの弱音は美しいものの、強音となると過分な力が入り、クーラントはいささかぎこちない。ガボットで持ち直し、ガボットU以後のしなやかかつ濃やかなニュアンスに富んだ歌、ジーグの音色や情念の多彩な変化やコントラストは大書きに値する。再発見されて日の浅い楽器だけに、不安定要素と新たな可能性が隣り合わせなのは半ば当然。とはいえ、総じて通常のチェロにはないスパラ独自の魅力と、寺神戸の弾く「チェロ組曲」を堪能できた一夜だった。 (2月9日・ハクジュホール、那須田務) |
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音楽の友2月号<Concert Reviews>から |
2007.01.19 updated |
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ハイドンの歌劇《月の世界》2日目を聴いた。演出は実相寺昭雄と三浦安浩。初日直前に実相寺が逝去して図らずも追悼公演となった。月の世界に憧れる裕福な男が、二人の娘と女中、各々の恋人たちの策略で月を旅行したと思い込ませるという筋書き。序曲でスクリーンに登場人物がイラストで映し出されて、聴き手に基本的な情報を与えるなど、馴染みの薄い作品への工夫が嬉しい。地上では月を望む天文研究所、月の世界では巨大な地球を背景とした近未来かつ劇画的な書割。次女役の森麻季は音程の取り方や華やかさ、表出力を含めて現代劇場向けの好演。そのためか、1幕では彼女と他の歌手の間にごく僅かな違和感があったが、それも幕が進むにつれて解消され、とりわけ長女役の野々下由香里は後半のアリアで秀逸な歌唱を聴かせた。父親役のベッティーニはヴェテランらしい安定した歌唱、役どころを押さえた秀演で舞台を引き締めた。寺神戸亮指揮レ・ボレアードは端正かつ明快、生き生きとした音楽作り。寺神戸が舞台でヴァイオリンを弾くシーンもあり、イタリアの仮面喜劇とアニメ&実相寺的世界、ハイドンの音楽の魅力が見事に溶け合って、大いに楽しめた。 (12月2日・北とぴあさくらホール、那須田務) |
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| 朝日新聞(2006.12.21)から |
2006.12.22 updated |
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| 18世紀オペラ 光った仕掛け 珍しい18世紀オペラが、少しずつ日本の演奏家たちの手で上演されるようになってきた。「北とぴあ国際音楽祭2006」で上演されたハイドンの「月の世界」は、1777年作のオペラ・ブッファ。老人と娘とその恋人が繰り広げるおきまりのパターンが賑やかに、軽妙に展開する。(中略) 今回の上演成功の一番の要因は、ふたりの娘役ソプラノ、森麻紀と野々下由香里にあったろう。森は、澄み切った声を確実にコントロールする清新な歌唱で舞台に華を添えつつ、娘特有の可憐でいたずら好きな性格描写も怠らない。野々下も技術的には同格で、ちゃめっ気たっぷりの娘を演じつつ、アリアや恋人との場面で、ドラマの軸として、より大人らしい情感を歌い出す。女中役の穴澤ゆう子も、表現力豊かな歌を聴かせて舞台に奥行きを与えた。 寺神戸亮指揮のレ・ボレアードが、オペラに必要な覇気を最後まで失わず、むしろ次第に調子をあげながらともに舞台を楽しんでいたのが、成功のもうひとつの要因だ。(後略) (長木誠司・音楽評論家) |
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| 2006.09.06 updated |
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モーツァルト「フルート協奏曲」全曲演奏会 |
2006.09.06 updated |
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| モーツァルトのフルートと管弦楽のためのすべての作品をピリオド楽器で演奏する、しかも、有田正広と東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ(コンマスは寺神戸亮)の久し振りの東京公演というだけあって事前の期待度は高い。2階正面から見るとほぼ満席という盛況振りである。 「協奏曲第2番」では生き生きとした前奏に導かれてソロが登場すると、鳥の囀りを想起させるカデンツァも含めて霊感に富んだ演奏を披露。ソロの箇所で弦楽が各パート1人になるため、フルートがはっきりと聴こえる上に音楽的にも室内楽的な濃やかさがもたらされる。 「アンダンテ」K.315や「ロンド」K.373はすばらしく優美であると同時に、和声の変化に合わせて色彩を変え、時には力強い情念も聴かれる。 ハープの名手長澤真澄を共演者に迎えた「フルートとハープのための協奏曲」では、2人のソリストの呼吸もぴったり合って、緩徐楽章などは陶然とするほどの美しさ。 「協奏曲第2番」もそうだが、有田のフルートのみずみずしい音色と円熟の表現、細部まで熟考された精妙精緻なアンサンブルによる高水準の出来栄えだった。 なお当公演は皇太子及び皇太子妃がご臨席された。 7月2日・東京芸術劇場 ・那須田 務 |
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| 2006.06.20 updated |
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第5回チキートスルネッサンス・バロック音楽フェスティバルに参加し、公演期間中(2006年4月27日〜5月1日)に出身地サンフアンを訪れ、その時の様子が、サンフアン日ボ協会の機関紙ABJ通信に記載されました。 ABJ通信:2006年6月号 |
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モーツァルト:歌劇 《イドメネオ》 (全曲) |
2006.05.01 updated |
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◆高崎保男:準推奨
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モーツァルトのフルート協奏曲全曲演奏会に挑む有田正広(フルート) |
2006.05.01 updated |
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僕らが徹底的にこだわり抜いたスタイルを、楽しんでくれたら嬉しい モダンと古楽を自在に行き来して、どちらのフィールドでも大きな成果を上げている有田正広さん。今回はモーツァルト・イヤーを踏まえ彼自身もピリオド・フルートを用い、全面的にピリオド楽器を使用する東京バッハ・モーツァルト・オーケストラとの共演で、フルート協奏曲全曲を取り上げるという、恐らく本邦初の形式となる企画的なコンサート。それに先立って、録音も行うという。 「実はずっと以前にも同様の企画での録音の話があったんですが、さまざまな事情で立ち消えになってしまいました。それをきっかけに、ますますモーツァルトの時代の文献や資料を集め、丹念に調べるようになりました。モーツァルトの自筆譜が残っているのは今回演奏する5曲のうち2曲だけ。写譜うぃした人によって楽譜の内容が異なっていること、現行の原典版も当時の演奏スタイルを完全には反映していないことなど、多くの事実の積み重ねの中から、当時の演奏スタイルが見えてきたんです。演奏の歴史は時代の流れとともに大きく変わり、それらを知ることで音楽そのものを見直せるチャンスになりました。計画が流れたお陰で、図らずも研究する時間ができたわけです。そして今回もまず録音の話が立ち上がり、その後に東京芸術劇場さんが演奏会も開きましょうと言ってくださったんです。これでもう流れることはないですね」 有田さんのことだから、楽器にもこだわった。 「モーツァルトの時代には、フルートといってもさまざまな種類の楽器が存在しました。旅の多かった彼は、そのことをもちろん知っていたでしょう。僕は当時のパリの名工が作った楽器を持っているので、今回はそれを使います。ハープはエラール社のシングル・アクションのものだし、弦楽器も管楽器もひとつひとつ、モーツァルトが耳にしたに違いない当時の楽器になるべく近いものを使います」 オーケストラ・メンバーも面白がってくれている。 「リーダーの寺神戸亮さんとはすでに何度も打ち合わせをしていて、準備は着々と進んでいます。個人的な思いなど恣意的な要素を排除して、できる限り歴史に忠実に音にすることで、皆の意識がまとまっています。実はピリオド楽器の方が、モダンよりもずっと音楽的な表現に長けているんですよ。まぁ、こうしたこだわりは演奏者の側のお話で、聴いてくださる皆さんには、まず楽器の見た目やサウンドの違いから入って、最終的には表現される音楽そのものを味わっていただけたらと思います」 当時の一般的な大きさだった20名ほどのオーケストラ。指揮者は立てない。 「寺神戸さんとのやりとりで演奏していきます。室内楽的な緊密なアンサンブルになるはずですよ。そうそう、カデンツァは当時の文献を踏まえ、かつ即興も含んだ僕のオリジナをお聴かせします」 取材・文:堀江昭朗
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