音楽の友2013年5月号<特集>
2013.05.15
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クローズアップ 旬の日本人演奏家たち

 「今、とくに聴きたい旬の日本人演奏家50」 に選出されました。

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 朝日新聞(2012.12.3)から
2013.02.08
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北とぴあ国際音楽祭2012「病は気から」
 絶品!逸楽のフルコース

 
 寺神戸亮と古楽団体レ・ボレアード、静岡県舞台芸術センター(SPAC)の俳優たちによる、モリエールの音楽つきコメディー「病は気から」は素晴らしい舞台だった。オペラ、ではない。あくまで芝居だ。だが、本来このモリエール劇んはたっぷり音楽がついていた。それもフランス・バロックの代表的作曲家の一人、シャルパンティエによるものである(11月23日、東京・王子の北とぴあ)。
 筋は単純。自分が重病と思い込み、医者を妄信するあまり、ついには自ら医者になろうとする主人公をめぐる喜劇である。だが、そこには、合唱、ミニオペラとして歌われる寸劇、パントマイムなどが、所狭しと詰め込まれる。それゆえ筋はしょっちゅう中断される。だが、それが実に面白い。通常の芝居上演のように、これらの音楽挿入を大幅にカットしてしまうと、筋の見晴らしはよくなるだろうが、この脱線の奇妙奇天烈な面白味には絶対に分かるまい。
 これは本来、国王ルイ14世に供せられた逸楽のフルコースだったはずだ。妖艶な官能から真面目くさった滑稽、優雅な軽快に至るまで、「快」でありさえすれば何でもかんでも皿からこぼれるほど盛られる。まさにバロック的な過剰の美学である。
 音楽の演奏は文句なし。太鼓が賑やかに囃す際の、まだ民族音楽的なものを少し残した野卑さ。古楽バイオリンと歌声が溶け合う時の、アルコール分の強い白ワインのような濃厚な甘美。キビキビした小回りの利くテンポ感。どれも比類がない。
宮城總の演出も、フランス古典喜劇のオーソドックスなスタイルを崩さずして、それを過不足なく現代日本の笑いとして蘇らせる。
モリエール喜劇を本来の形で、これほど高い水準で堪能できる機会は、めったにないだろう。


<岡田 暁生・音楽学者>


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音楽の友2013年1月号<Concert Reviews>から
2013.02.08
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北とぴあ国際音楽祭2012《病は気から》
 
 北とぴあ国際音楽祭のハイライトともいえるオペラ。今年はモリエールとシャルパンティエの《病は気から》。
自分を病人と思い込み、薬を沢山処方する医者をありがたがるという主題は現代社会にも通じるものだ。
役者(阿部一徳、秋山祐大など5名)のセリフは日本語(潤色・ノゾエ征爾)、歌(エティエンヌ、ゴンザレス=トロ他)はすべて仏語。舞台上に器楽、上方が演劇空間というセミステージ形式ながら、演劇部はSPAC静岡県舞台芸術センターで公演されたということで、完成度が高く、時には歌手や指揮者の寺神戸亮など器楽奏者も演技に参加して抱腹絶倒の場面の連続である。
管弦楽のヴェルサイユ・ピッチのしっとりとした響きが快く、序曲から生き生きとした演奏が繰り広げられる。
現代的な笑いとアクションの中に人間の本性を見つめるモリエールの精神が息づき、それにシャルパンティエの透明な哀愁が懐かしく粋な情感を添える。
バロック音楽喜劇の理想的な上演に喝采!


[11月23日・北とぴあさくらホール] <那須田 務>


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ぶらあぼ 2012年11月号 ぴっくあっぷ 
 シャルパンティエ 音楽付きコメディ《病は気から》

2012.10.19
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 抱腹絶倒のバロック・オペラ

 ロココ時代の人々が愛した洒落っ気が、現代の私たちにも饒舌に語りかけて来るはず。フランス古典主義を代表する劇作家モリエールが書いた抱腹絶倒の物語を、やはりフランス・バロックを代表する作曲家シャルパンティエが小粋な旋律で彩った音楽付きコメディ《病は気から》。
今年の「北とぴあ音楽祭」では、バロック・ヴァイオリンの先駆者・寺神戸亮がタクトを執る名人集団レ・ボレアードが、内外の実力派ソリストを迎えて、このバロック・オペラの佳品に満を持して挑む。
 医者を盲信するあまり、重症だと思いこみ、薬漬けになっている主人公の男。とうとう自分の娘まで、医者の息子と結婚させようと企てる。これを阻止しようと、娘と恋人はひと芝居を打つが、これが思わぬドタバタ劇を生んで・・・・。
社会に対する痛烈な皮肉や、生き生きとした人々の喜怒哀楽が巧みに織り込まれたストーリー。しなやかな音楽も、透明なイメージの宗教作品とは違った、シャルパンティエの魅力を伝える。
 レ・ボレアードには、今回も国際的に活躍する古楽奏者が集結。フルヴィオ・ベッティーニ(ベリトン)やマチルド・エティエンヌ(ソプラノ)、エミリアーノ・ゴンザレス=トロ(テノール)らバロックに精通した豪華キャストが、芸達者なところを見せる。さらに、「潤色」と称する脚色に岸田國士戯曲賞を受賞したばかりのノゾエ征爾、ステージングに静岡県舞台芸術センター芸術総監督の演出家・宮城聰を迎える。
聴衆をあっと驚かせる“化学変化”も期待できる。


★11月23日(金・祝)、25日(日)・北とぴあ さくらホール

文:寺西 肇


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音楽の友2012年9月号<Concert Reviews>から
2012.10.10
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 寺神戸が演奏録音したテレマン「「無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタジア」全曲(コロムビア)が昨年の「芸術祭レコード部門優秀賞」を受賞したことを記念しての同曲の演奏会。今年2月12日、所沢松明堂での全曲演奏の再演に当たる。
 番号順に「第1〜第6番」で休憩、そのあと「第7〜第12番」までを演奏。これは「前半はフーガを含む重音を多用した曲、後半はよりギャラントな様式の曲」(本人舞台トーク)が配列されているためであるという。
 第1番冒頭ラルゴを敢えて表情濃く始め、演奏困難な「第3番」へ短調は暗いトーンで喘ぎ喘ぎ(?)演奏。続く「第4番」イ長調では一転、開放的に音を発散させる。名作「第6番」ホ短調のシチリアーナと続くアレグロには、短いながらも緩急の強い緊迫があり、「ゆるいテレマン」のイメージを覆すに十分だった。
 後半は現れては消える舞曲の小宇宙を再現。
 演奏者の息遣いまで聞こえる狭い空間を利用した、バッハとは違う「無伴奏」の世界を堪能した。


[7月11日・近江楽堂] <渡辺 和彦>


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サラサーテ 2012/10 Vol.48
 コンサートレポート

2012.09.08
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テレマンの豊かな世界を緻密に描き出す
寺神戸亮
「テレマン:無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタジア」
2012年7月11日 近江楽堂(オペラシテ)


 昨年リリースされた寺神戸亮によるCD「テレマン無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタジア」が、第66回文化庁芸術祭最優秀賞(レコード部門)を受賞したのを記念し、テレマンのファンタジア全曲による公演が近江楽堂で催された。
 「そもそもヴァイオリンはメロディー楽器であり、一人で弾くことを想定して作られた楽器ではない」と始まる奏者自身による行き届いた解説が会場で配られ、貴重な体験への巧みな誘導となった。
 ドーム型の高い天井、舞台と客席の段差がないこぢんまりとした会場で、ある時は伸びやかな、またある時は彫琢された音楽が紡ぎだされた。
 詩の朗読のような語り口の第1番、絵画的で淡麗な流れの第2番、次いで第3番では楽器に不向きなヘ短調という特性で、逆に人の心の普遍的な強靭さを表現する。
 この奏者ならではの精緻と奔放が絶妙なバランスのライブによる全12曲を体験することで、作曲家テレマンのヴァイオリンへの強い愛情がしみじみと伝わってくる一夜であった。

(藤本優子)

 ※文中には「最優秀賞」となっていますが、実際には「優秀賞」を受賞いたしました。(HP管理者)


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音楽の友2012年6月号<Concert Reviews>から
2012.07.29
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 世界的なバロック・ヴァイオリン奏者である寺神戸亮が、バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」「パルティータ」全曲演奏に臨んだ。
 この日は その第1回。最初に演奏された「ソナタ第1番」を聴いていて、楽器を楽々と鳴らしきる安定したピリオド奏法、意味深い語り口から浮かび上がってくるバッハの音楽の包容力の大きさや温かい人間性の表現に、改めて寺神戸の精進の並々ならぬことに感じ入った。
 続く「パルティータ」ホ長調では、前奏曲でさらに伸びやかで自由な精神(歌)の解放が欲しかったが、続くルール以下では、表現世界がどんどん広がり、聴いている方も心が豊かになる非常に納得のいく演奏。
 バロック・ヴァイオリン1本で会場を満たす力はさすがという他ない。
 後半 弾かれた「ソナタ第3番」も良かった。その技術的困難さや音楽的深さから、誰もが緊張する無伴奏作品を、ここまで肩怒らせず大らかに豊かに、音楽の持ち味を出し切る寺神戸の達している境地はすでにピリオドやモダンといった分野を越えたものがある。
 心に沁み入るよい演奏会だった。

[4月15日/神戸新聞松方ホール] <中村 孝義>


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サラサーテ 2012/4 Vol.45
 コンサートレポート

2012.04.20
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バロック・ヴァイオリンの寺神戸亮が渾身のバッハ無伴奏・全曲を演奏
「バッハとの対話」 寺神戸亮
2012年1月28日・29日 彩の国さいたま芸術劇場・音楽ホール


 寺神戸亮がバッハ無伴奏全曲に挑むのは12年ぶりだ。モノトーンの空間で、譜面台に置かれた直筆ファクシミリ譜を囲んでの濃密なライブとなった。初日にはパルティータ第3番を挿んでソナタ第1番と第3番を弾き、2日目にはソナタ第2番を挿すんでパルティータ第1番と第2番を弾いた。
 ソナタ第1番は、せせらぎにインクをながしこんでいくような、テクスチャーの淡い変化が美しく、フーガでは、ふと気づくと「そこにあった」かの如く、低音で自然に息づいている対旋律の響きに心踊らされる。パルティータでは、舞曲のクープレごとにリセットされる瑞々しさが斬新。アンコールのテレマンのファンタジアの伸びやかで歓びに満ちた表現も印象的だった。
 2日目は舞曲の推進力を意識してか、音の輝きを前に出してきた。めくるめく勢いを特に感じさせたのがソナタ第2番の冒頭。バッハの奥深さと弾き手のライブ感覚が結びつき、聴き手の心を鷲づかみにするという稀有の瞬間だ。終曲のパルティータ2番は、最後の名峰を会場が一体となって極めるという空気のなか演奏された、寺神戸の次なるソロ企画を心待ちにしたい。
(藤本優子)


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音楽の友2010年11月号
 特別記事
  [対談] ヘルムート・ヴィンシャーマン × 寺神戸亮
     「バッハをめぐって」

2010.11.02
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バッハのスペシャリスト、ヘルムート・ヴィンシャーマンと
バロック音楽の名手、寺神戸亮の対談が実現した。
それぞれドイツ・バッハ・ゾリステン、
レ・ボレアードを主宰し、
指揮者としても活躍する両氏。
演奏家として、指揮者として思う、バッハの音楽とは----

まとめ=片桐卓也

(内容は、音楽の友2010年11月号をご覧下さい。)

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Bunkamura Web Magazine ≪B-Style≫
2010.08.27
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9月4日(土)より、Bunkamura ザ・ミュージアムで、展覧会「フランダースの光」が開催される。

〜アーティストが語る街の表情〜

「エトワール・ガラ2010」公演のAプログラムにて
イリ・ブベニチェク振付「フェリーツェへの手紙」上演に際し、
ビーバー作曲「パッサカリア」(ロザリオのソナタ集より)をステージでソロ演奏。

「エトワール・ガラ」出演の感想やブリュッセルで暮らす魅力を語った。


B-Style≫ アート
特集 コスモポリタンの気分で魅力あふれるベルギーに行ってみたい




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レコード芸術2010年7月号 <海外盤 Reviews>から
2010.06.22
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モーツァルト
 初期ヴァイオリン・ソナタ集
ペトリーニ
 ヴァイオリン・ソナタ集



寺神戸 亮 (バロック・ヴァイオリン)
長澤 真澄 (シングル・アクション・ハープ)

 録音:2009年5月

 [Et'cetera KTC1404]


*筆者の「今月の特選盤」
 広くお勧めしたい優秀盤

*世界初または
 希少録音の曲を含む盤
西村 祐(フルート奏者) 

 日本を代表するハープ奏者の一人である長澤真澄は、活動の主体をピリオド楽器に置いている。その彼女はオランダのレーベルから自らの企画によってシングル・アクション・ハープ(7つのペダルを踏み込むとそれぞれが半音上がるシステム)での録音を発表しているが、このアルバムは6作目。共演にヴァイオリンの寺神戸亮を迎えてのモーツァルトである。
 モーツァルトが9歳になった折に訪れ、病気のためしばらく足止めを食ってしまったオランダのデン・ハーグで書かれたこの曲集は、元来ヴァイオリン伴奏を伴ったクラヴサンのために書かれた。しかし直後にパリで出た出版譜の表紙には「ハープでも演奏できる」と記されており、長澤はよれによって演奏が可能であると判断したのだ。
 このアルバムでは1785年製のオリジナル楽器を使っているが、その軽くきらびやかな音色によって、その頃にタイムスリップしたような気分にさせてくれる絶品である。



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レコード芸術2010年6月号 <海外盤 Reviews>から
2010.06.22
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フランツ&ジョージ・アントン
 ベンダ 協奏曲集
 

ヤン・ドゥ・ヴィネ (フラウト・トラヴェルソ)
寺神戸 亮 (ヴァイオリン)
シャレフ・アデル (チェンバロ)
イル・ガルデリーノ・アンサンブル

 録音:2008年8月

 [Accent ACC24215]


*筆者の「今月の特選盤」
 広くお勧めしたい優秀盤

*世界初または
 希少録音の曲を含む盤
安田 和信(音楽学) 

 本盤は、フランツ(1709-86)のフルート用のホ短調とヴァイオリン用の変ホ長調、ゲオルグ・アントン(1722-95)のチェンバロ用の短調とヘ短調(+ト長調のフィナーレのみ)を収録。
 世界初録音の作品は含まれていないが、ベンダ兄弟の協奏曲は、リトルネロを省略してソロを際立てるようなイタリア的な叙情楽章を採用しないので、3つの楽章がいずれも長い。
 その点でエマヌエル・バッハなどと同じなのだが、必要以上に意表をつく展開やエキセントリックな旋律や和声連結が出てくるのは稀である。刺激は確かに弱くとも、そのぶんだけ味わいが深い人たちと言える。
 イル・ガルデリーノの演奏もそうした印象を強めるような、破格な表現に傾斜しすぎない穏当な解釈が基本である。
 ソロでは寺神戸の繊細な味付けとふくよかな音色、アド=エルの確かな技巧と豊かなニュアンスが最大の聴きもの。


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レコード芸術2010年3月号
 <特集>
革命的演奏家列伝 録音創成期から2010年まで
  弦楽器奏者
[特筆すべき革命家!!] 寺神戸亮
2010.03.01
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“幻の楽器”スパッラ

もはや言うまでもないことだが、ピリオド楽器の演奏に関しても、日本は今や世界有数の国である。鍵盤楽器、弦楽器、管楽器・・・多くのジャンルに名手たちが輩出している中で、寺神戸亮はひときわ目立つ存在として挙げられよう。父親の仕事の都合のため南米ボリビアで生まれ、姓の響きも「テラカド」とスペイン語的(?)である彼は、もともと国際人としての下地を持っていたのかもしれない。
こんにち彼は、もはや「日本の」ではなく「世界の」ピリオド派ヴァイオリニストにほかならない。バッハの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》を初めとしてバロックからクラシックの名曲を手がけ、技巧および音楽性の高さから、国際的な場においてもつねに称揚されてきた彼である。
そして一昨年(08年)のこと、彼は古楽器奏者として真に驚くべき、かつ素晴らしい成果をCD録音の形で発表した。すなわち、バッハ《無伴奏チェロ組曲》の全曲を普通のチェロとかけ離れた「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」と呼ばれる楽器により弾いてのけたのだ。スパッラとはイタリア語で「肩」のこと、つまりこれはヴァイオリン同様に抱え上げ、肩につけて奏でる楽器である。一見根も葉もない奇想のようでいて、じつは当時の文献、残された図像などを探ると、「スパッラ」による演奏も十分な正当性のあることがわかる。
何はともあれ、“幻の楽器”に生命を与え、しかも達演を披露するとは真に革命的な行いだ。

文=濱田滋郎

J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲
本文中に記した、画期的な録音。《無伴奏チェロ組曲》の演奏にあたってこのような楽器を想定できると考えた人は過去に皆無ではなかったが、実際に説得力十分の見事な弾きぶりを披露し得た人は彼が最初なのである。
コレッリ/ヴァイオリン・ソナタ集 Op.5
レパートリーの広さも十分な寺神戸には、バッハ以前からベートーヴェンに至る、聴くべき録音の数々がある。言うまでもなくバロック・ヴァイオリン、ピリオド楽器を手がけて。つねに喜びと潤いとを忘れえぬ奏楽だ。

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音楽の友2010年2月号
 [恒例企画]コンサート・ベストテン2009

2010.03.01
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36人の音楽評論家・音楽記者が選ぶ コンサート・ベストテン

■國土潤一
 北とぴあ国際音楽祭2009〜グルック《思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼》
 (寺神戸亮指揮/レ・ボレアード、他) [11月13日/北とぴあ・さくらホール]

■佐々木喜久
 北とぴあ国際音楽祭2009〜グルック《思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼》
 (寺神戸亮指揮/レ・ボレアード、他) [11月15日/北とぴあ・さくらホール]

■那須田務
 寺神戸亮(指揮&vn)/レ・ボレアード
 [9月14日/紀尾井ホール]

■渡辺和彦
 寺神戸亮(ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ) ラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」音楽祭2009
 
[5月4日/東京国際フォーラムG402]

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ぶらあぼ 2010年1月号 ぴっくあっぷ
2010.03.01
updated

麗しき瞳よ〜ヘンデル・アリア集 / 森麻季
ヘンデル
《ロデリンダ》〜私の愛しい人よ、序曲&メヌエット
《ガウラのアマディージ》〜ああ!無慈悲な人!
《エジプトのジューリオ・チェーザレ》〜麗しき瞳よ
《セルセ》オンブラ・マイ・フ
《アレッサンドロ》〜なにかしらまた分からない
《アタランタ》〜愛しい森よ               
《リナルド》〜涙の流れるままに        他

森 麻季 (ソプラノ)
寺神戸 亮 (ヴァイオリン、リーダー)
アンサンブル・レ・ボレアード

2009年9月、岐阜・サラマンカホールにて収録

エイベックス・クラシックス AVCL-25477



 
澄み切った美声と研ぎ澄まされた音楽性で、文字通り日本を代表する歌姫となった森が、ピアノや国内外のモダン・オーケストラなど、レパートリーによって自在にパートナーを替えて取り組んできた録音の第4弾。今回は、オリジナル楽器アンサンブルを伴って、ヘンデルのオペラ・アリア集に挑んだ。
 「オン・ブラ・マイ・フ」「涙の流れるままに」という2大有名アリアはもとより、一般にあまり知られていあに作品も取り上げ、ヘンデルが力を注いだオペラの世界を多角的に紹介。森は、ある時は清らかな乙女、ある時は色仕掛けの小悪魔、またある時は勇敢な面ざしの姫・・・と、多彩な表情を要求されるヘンデルが描いた女性像を、しなやかな美声はそのままに、魅力的に演じ分ける。
バック・アップを務めるのは、寺神戸亮(バロック・ヴァイオリン)率いる「レ・ボレアード」。東京・北とぴあ音楽祭で知られざるオペラの紹介に力を注ぐなど、今や我が国の古楽界を牽引する存在となっている。ここでも、ストイックながら美しい音色で存分に森の美声を引き立てる一方、アリアの合間に挿入された器楽曲で、リスナーの耳を捉えて話さない歌心あふれる好演を聴かせる。現在の日本の古楽シーンの底力を知るためにも、最適のアルバムと言えよう。 (寺西 肇)



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音楽の友2010年1月号<Concert Reviews>から
  北とぴあ音楽祭《メッカの巡礼》

2010.03.01
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 北とぴあ音楽祭’09の掉尾を飾ったグルックのオペラ・コミック《思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼》。さまざまな観点からモーツァルトのジングシュピール《後宮からの逃走》の原型の一つとみなし得る作品であり、興味深く示唆に富んだ上演(本格上演は日本初演との由)となった。

寺神戸亮の指揮は勘どころを確実に押さえつつ即興性をたたえたもので、絵筆や白旗などを交えた小芝居もこなし、この愉快な歌芝居のまさに要だったといえる。

台詞部分は基本的に日本語で、歌とフランス人歌手の台詞のみ字幕を使用。正攻法ながら限られた空間をうまく活用した堅実な演出も功を奏した。

狂言回し役のオスミン(羽山晃生)とインチキ托鉢僧(F/ベッティーニ)、変人画家ヴェルティゴ(大山大輔)らの掛け合いは歌にとどまらず演技面でも実に達者で、観客は大受け。ペルシャの王女レジア(森麻季)は清澄なコロラトゥーラを披露し技巧面でも磐石の歌唱を印象づけた。(中略)全体としての水準は高く、レ・ボレアードの闊達な演奏も含め記憶に残る上演となったことは間違いない。

[11月15日/北とぴあ・さくらホール] <吉村 溪>


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レコード芸術2009年12月号<インタビュー>
 
日本発、古楽レーベルの雄 「アリアーレ」20周年を迎えて
 有田正広&寺神戸亮

2009.11.22
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誕生から20周年を迎えた「アリアーレ」レーベル。
日本発のピリオド楽器による録音の数々は記念碑的な名盤を世に送り出してきた。
その二大看板ともいえるアーティストの有田正広氏、寺神戸亮氏に、レーベルの立ち上げから現在、
そして将来の展望について語っていただいた。 
ききて・文=吉村溪


(内容はレコード芸術2009年12月号をご覧下さい。)
モーストリークラシック2009年12月号vol.151
  <公演 Reviews>から
 寺神戸亮&レ・ボレアード
2009.11.08
updated
 寺神戸亮をリーダーとするピリオド楽器アンサンブル「レ・ボレアード」が有田正広とディミトリー・バディアロフを迎えて開いた演奏会。曲順は「四季」作品8を前後半で「春夏」と「秋冬」とに分けて置き、その前に2つのチェロのための協奏曲(RV.531)とフルート協奏曲第3番「ごしきひわ」(RV.428)、同第2番「夜」(RV.439)を配する形がとられた。
 まず2つのチェロのための協奏曲では寺神戸とバディアロフが肩掛け式のチェロであるヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの独奏を受け持ち、軽やかな運動性を生かした快演を披露。2曲のフルート協奏曲では有田が熟達の技で聴衆を魅了する。しかし圧巻はやはり「四季」。総譜に添えられたソネットの内容を標題的に解釈し、音楽上の表現にとどまらず「秋」の酒宴では仕草としても酔っ払いの態で弾くなど愉快な演奏が展開された。それでいて決して表面的な効果に陥らないのが彼らの真骨頂。見事な名人芸であった。

 914日・紀尾井ホール 西村溪◎音楽評論家

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音楽の友2009年11月号<Concert Reviews>から
  寺神戸亮&レ・ボレアード
2009.11.08
updated
 寺神戸亮率いるオリジナル楽器のオーケストラ、レ・ボレアードのオール・ヴィヴァルディ・プログラム。肩掛けチェロのスパッラを伴うが、クイケン・アンサンブルのそれと違って編成がやや大きく、コントラバスが加わる。
 1曲目のそのスパッラによる「2つのチェロのための協奏曲」ト短調RV531では、寺神戸とバディアロフの共演に注目。2人のソリストの交わす生き生きとしたフレージングとアーティキュレーションが楽しい。興味深いのは、同じ楽器で奏法や音色が異なることで、それもまたオリジナル楽器らしい。
 有田正広をソリストに迎えたフルート協奏曲は《五色ひわ》と《夜》。前者では低音弦上に漂うトラヴェルソが陶然とした美しさ。後者では最後のラルゴで全員がノン・ヴィヴラートで演奏して夜の凪を鮮やかに印象づける。有田の練達の技巧と円熟の音楽性が成熟の時を迎えたアンサンブルと見事に調和。
 寺神戸の霊感と創造性に富んだソロや解釈が新鮮で、即興的なパッセージが感動をもたらすのと同時に、時に楽曲の性格を強調してユーモラス。寺神戸が楽器を弾きながら千鳥足でバッカス神に酔わされた村人を演出する場面もあって、楽器による劇を存分に堪能した。

 914日・紀尾井ホール  ●那須田務

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音楽の友2009年11月号
  
特集:ヴァイオリニストたちが求める理想の音
2009.11.08
updated

アンケート
ヴァイオリニストにきく「理想の音」とは?
[アンケート内容]
・理想のヴァイオリンの音について
・目指したいヴァイオリニストについて
・古楽的アプローチに対してどの程度取り組んでいるか
・使っている楽器について

理想のヴァイオリンの音

 明瞭さ、明るさ、輝かしさ、深み、暗い色を兼ね備え、しかも瑞々しく時には色気を感じさせる音。

目指すヴァイオリニスト
 小さいころはハイフェッツにあこがれていました。その後パールマン、クレメルなどのファンになり、最近は二十世紀初頭のヴァイオリニストの録音をよく聴きます。クライスラーの演奏と音が好きです。やはりガット弦の音だからでしょうか。目指すヴァイオリニストというのはあまり念頭にありませんが、もしタイムマシーンが発明されたら会って演奏を聴いてみたいヴァイオリニストはコレッリ、ルクレールです。

古典的アプローチに対してどの程度取り組んでいるか
 かなり真面目に取り組んでいます。(笑)音符だけではなく当時の演奏習慣、社会的背景にまで目を向けると「目から鱗」のような発見が数々あります。バロック・ヴァイオリンの概念もだいぶ変わってきました。17世紀と18世紀では弦も構え方も弓の持ち方も違います。違ったテクニックを使い分けることによって全く違った音楽言
語の表現が可能になります。同じ基本姿勢で古典派、ロマン派にも取り組んでいます。

使っている楽器について

*バロック・ヴァイオリン:ジョヴァンニ・グランチーノ 1690年頃 ミラノ
*クラシカル・ヴァイオリン:カルロ・フェルディナンド・ランドルフィ 1772年 ミラノ
*モダン・ヴァイオリン:フランソワ・ボヴィス 1890年頃 ニース (ガット弦を張って演奏することが多い)

他に・・・
バロック初期様式のヴァイオリン:ディミトリ・バディアロフ 2001
  (
4本とも裸ガットを張っています)

バロック・ヴァイオリン:ポール・コリンズ 2005年 グヮルネリ・モデル
*バロック・ヴィオラ:バルト・フィッサー 1992年 ロンバウト・モデル
*ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ:ディミトリー・バディアロフ 2005
*ヴィオラ・ダモーレ:18世紀後半 ウィーン製


音楽の友 2009年8月号 今月の注目盤
2009.07.30
updated

 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ
 第25番K301、第28番K304、第29番K305、第30番K306

 寺神戸亮 (ヴィイオリン)
 ボヤン・ヴォデニチャロフ(フォルテピアノ)

 録音:2008年2月

 [アリアーレ COGQ38 CD&SACD]


諸石 幸生 

 ヴェテラン寺神戸亮が、友人のフォルテピアノ奏者ヴォデニチャロフと組んで録音したモーツァルト「ヴァイオリン・ソナタ集(K301、304〜306)」は、一つ一つの作品が異なる色と表情とドラマを持つことを、しなやかで、力強い音楽性でひも解いた名演と言えよう。フォルテプアノはモーツァルトが愛好していたものの高くて買えなかったとされるシュタインのコピー、ヴァイオリンは1690年製のグランチーノのバロック・ヴァイオリンと1772年製のクラシカル仕様のランドルフィの名器が作品により使い分けられている。音色の魅力、両者の溶け合い方と対照性、響きのスケール感などを楽しんでいく喜びが尽きない。ヴァイオリン・ソナタという、まさに多彩にして、華麗なる音の花束の世界だ。


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レコード芸術 2009年8月号 新譜月評
2009.07.30
updated

 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ
 第25番K301、第28番K304、第29番K305、第30番K306

 寺神戸亮 (ヴィイオリン)
 ボヤン・ヴォデニチャロフ(フォルテピアノ)

 録音:2008年2月

 [アリアーレ COGQ38 CD&SACD]


推薦:高橋 昭 

 モーツァルトの人生において、また作曲様式において一つの転機になったマンハイム・パリ旅行の間に作曲された4つのソナタをとりあげた録音である。彼のヴァイオリン・ソナタの録音は夥しい数にのぼるが、ピリオド楽器による録音は意外に少なく、まとまって聴けるのはヒロ・クロサキとリンダ・ニコルソンによる演奏、キアラ・バンキーニとテメヌシュカ・ヴェッセリノーヴァによる演奏くらいで、それもかなり以前の録音であり、新録音の登場は歓迎されよう。
 寺神戸は作品の性格に応じて2種類のヴァイオリンを使い、フォルテピアノにはモーツァルトが旅行途中のアウクスブルクで接したシュタインの楽器のレプリカを使うなど・・・・こまかい配慮がみられる。
 シュタイン・モデルのフォルテピアノはウィーンの楽器に比べると響きが簡素で、それだけにピアノ・パートの語法はある意味で難しいかもしれない。しかしヴォデニチャロフの演奏はその点をクリアして、ピアノ・パートに緊張感と素朴な味わいをもたらしている。特に音色と表情がこまかく変化するので、響きが簡素であるにもかかわらず、演奏に豊かなニュアンスをもたらしている。
 寺神戸の演奏はヴァイオリンの音色が生み出す魅力を充分に生かしているし、解釈は明確な意思とこまかな感情を反映させており、特に強弱の対照を強調して演奏にアクセントをつけている。表情豊かで、そのために雰囲気がこまかく変化するので、単調な演奏では得られない魅力がもたらされる。特にモーツァルトの音楽の特徴の一つである長調から短調への転調効果が十分に生かされている。


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ぶらあぼ 2009年8月号 新譜ぴっくあっぷ
2009.07.30
updated

 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ
 第25番K301、第28番K304、第29番K305、第30番K306

 寺神戸亮 (ヴィイオリン)
 ボヤン・ヴォデニチャロフ(フォルテピアノ)

 録音:2008年2月

 [アリアーレ COGQ38 CD&SACD]


柴田 克彦 

 ピリオド・ヴァイオリンの第一人者が「マンハイム・ソナタ」の6曲中4曲を収録した、初のモーツァルト・ソナ集。1690年製バロック・タイプと1772 年製クラシカル・タイプの楽器を用いて、テイストの違いを描き分け、フォルテピアノはチェンバロに近いシュタイン製のコピーで統一されている。むしろ楽器面の面白さはある。しかし本作は何より音楽自体のドライヴ感が素晴らしい。凡百のモダン楽器演奏よりも遥かにダイナミックでロマンティック。曲調変化に沿って2人が対等にせめぎあう様は、当時の最先端奏者による迫真のライヴを聴くかのようだ。


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CDジャーナル 2009年7月号 今月の推薦盤
2009.07.30
updated

 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ
 第25番K301、第28番K304、第29番K305、第30番K306

 寺神戸亮 (ヴィイオリン)
 ボヤン・ヴォデニチャロフ(フォルテピアノ)

 録音:2008年2月

 [アリアーレ COGQ38 CD&SACD]


自在にしてヴィヴィッド  中野和雄 
 このところ自らオリジナル楽器によるオケを組織し、指揮者&楽しみの仕掛人として注目を集める寺神戸が、本業に戻っていわばとっておき、モーツァルトのソナタを聴かせる。相方はベートヴェンで組んだヴォデニチャロフ。合奏の形態としては、まだピアノのオブリガートの位置から少し踏み出したというほどの域だが、寺神戸のヴァイオリンの響きがじつに豊かにして艶やか。メロディの動きにユニゾンで併奏する、あるいは明らかに対旋律として和声を支えるような部分でも、響きを添えるというよりは融けて一体に混じりあうことで、音楽に思いがけないほど情色がのりエモーションが立ってくる。受けるピアノも即興的と見せて周到。音の動きや楽器の響きのわずかな変化に即応し、時に大胆なまでにテンポの揺れや間を仕掛けて、お、と耳をひきつける。デリカシーのカタチに納まるのではなく、互いに音を動かし音に感じるその音楽の姿は自在にしてヴィヴィッド。表情多彩な28番など、ユレて絶妙だ。

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音楽の友2009年7月号<UNA VOCE>から
2009.07.04
updated
 ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを弾き始めて3〜4年
 「ラ・フォル・ジュルネ(以下LFJ)はナントとビルバオに出演経験がありますが、日本は初めてです。国際フォーラム自体、訪れるのが初めてで、規模の大きさに圧倒されています。F.ピエルロやアンタイ兄弟など、ヨーロッパで何度も共演している友人も沢山来ていて、規模も内容も日本最大の古楽音楽祭になりましたね」。
 東京のLFJでソロと室内楽の計4公演に登場した寺神戸亮が、軽い興奮を交えながら清々しい笑顔で語る。室内楽では、名手・曽根麻矢子と共に、バッハと彼の長男が残したヴァイオリンとチェンバロのための作品集を弾いて第喝采を浴びた。そんな演奏の出来と曽根との印象を、「彼女は音がきれいで、鋭い感性の持ち主。本番が一番うまくいきました(笑)。2人ともフランスがベースにある影響もあってか、とてもあわせ易く、一緒に弾くのが楽しかったのです」と満足気に振り返る。
 ソロでは、近年果敢に新境地を切り開いている「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(肩掛けチェロ)」を使いバッハ「無伴奏チェロ組曲から「第1〜3、6番」を披露。「スパッラを弾き始めて3〜4年経ちますが、楽器を復元し、人前で弾けるようになるまでは時間がかかりました。その間、技巧や弦の選定などで多くの発見もあり、今はまだ発展途上です」と謙虚に語る。スパッラ独自の魅力は、「二人羽織で弾くような難しさはありますが、音色は以外にゆたかで、チェロより小さい分、舞曲などを柔らかく細やかな運指で弾けること」。
 今後の予定の予定は、7月に盟友ヴォデニチャロフと、9月のヴィヴァルディ「2台のチェロ協奏曲」では、再びスパッラに挑む。そんな活躍から目が離せない下半期になりそうだ。

 取材:文=渡辺謙太郎

スタッフ記 photo by K.Miura

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レコード芸術 2009年7月号
  話題のNEW DISC
2009.06.24
updated

 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ
 第25番K301、第28番K304、第29番K305、第30番K306

 寺神戸亮 (ヴィイオリン)
 ボヤン・ヴォデニチャロフ(フォルテピアノ)

 録音:2008年2月

 [アリアーレ COGQ38 CD&SACD]


“歌う”アプローチ 入念な楽器選択で描くモーツァルトの先進性  西村 祐 
ついに《ソナタ》。盟友と挑む寺神戸のモーツァルト
 (前略)ヴァイオリニストとしてこれまでさまざまな作曲家の作品に取り組んできたが、ついにモーツァルトに着手した。指揮者としての寺神戸はモーツァルトのオペラ上演をしてきたし、また録音のキャリア初期には師であるシギスヴァルト・クイケンとのプロジェクトで協奏交響曲や弦楽五重奏曲があったが、ヴァイオリン・ソナタの録音においてはこれが最初のものになる。
パートナーは、ブルガリア出身のボヤン・ヴォデニチャロフ。1歳違いの彼と寺神戸は記念碑的なベートーヴェンのソナタ全集(97〜05年)を録音しており、盟友といってもいい関係。今回も二人がお互いに尊重しながらも、挑発したり一歩引いたりという、見事なコラボレートを聴くことができる。これほどの確信と信頼と持って共に音楽を創り上げることができる関係には、演奏家として嫉妬すら覚えるほどだ。
 演奏されているのはモーツァルトの人生において大きな意味を持つ1777年からのマンハイム〜パリ大旅行の際に、この2つの大都市で書かれた6曲シリーズのうちの4曲。それぞれの作品の曲想の違いは大きく、緊張感が高く何かに憑かれたような部分も、涙をこぼすところもあったりするし、安らかな気分でおどけたりするリラックスしたモーツァルトも聞こえるのだが、二人にはそんな彼に身体と感性を沿わせることに成功している。

極限まで探求された楽器の可能性と新しい&\現
 使用されている楽器は、フォルテピアノが1788年シュタイン製のコピー、ヴァイオリンは1690年グランチーノ製作のバロック・タイプのものと、1772年ランドルフィ製のクラシカル仕様の二挺で、特にヴァイオリンの音色の変化によって、それぞれの作品の表情の違いを際立たせている。
 寺神戸とヴォデニチャロフは、楽器を当時のモーツァルトが知っていた、あるいはイメージできていた等身大のもので統一した。これは、言うは易しく実際にはなかなか決断できないことだ。特にシュタインのフォルテピアノは、まだまだチェンバロ風の、軽く華奢は響きを持った楽器である。音色を大きく変化させることのできるモデラート・ペダルはなく、膝で操作するダンパー・ペダルが左右一つずつ装備されているのみであって、演奏に「劇的な変化」を求めようとした場合は必ずしも有利ではない。しかし、当時作曲家が触発されたのはまさにこの製作家の楽器なのであって、そこからその楽器の可能性を極限まで広げることを探求するのは、演奏家にとってこの上なく楽しい作業だったろう。
 ヴァイオリンについても同じである。作曲順に収録されている前半2曲ではバロック仕様、後半はクラシカル仕様での演奏で、バロック仕様では細かくテンションの高い響き、モダン仕様は少し安らいだ豊かな音がする。その相違と、ほとんどの場合対等かそれ以上に主導権を握っているフォルテピアノの音色の統一性によって、作品自体の「セット」としての機能と、その中で変化するモーツァルトの音楽が見事に具現化されているのだ。
 もともと少し堅めのリズム感を持った寺神戸だが、このモーツァルトでの大きくアーチを描くフレージング(ホ短調冒頭!)はバロック的な「話す」演奏と言うよりもロマン的な「歌う」演奏だ。これまで聴いてきたピリオド・アプローチでのモーツァルトは、バロック的思考から生まれた演奏が主流で、このように「自分の時代よりも先を見据えるモーツァルト」に光が当たっている演奏は、これからの新しいモーツァルト表現の方向性を照らし出しているようで、とても素敵だ。

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レコード芸術 2009年2月号
 第33回リーダーズ・チョイス 読者が選んだ2008年ベスト・ディスク
2009.02.08
updated


●第21位(総合)
●第 4位(ジャンル別/器楽曲)
  J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲(全曲)

  寺神戸亮 (ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)
  録音:2008年2月
  [デンオン (アリアーレ) COGQ32〜33(2枚組) CD&SACD ]
  ◎08年8月号特選盤
  ◎レコード・アカデミー賞・器楽曲部門

 ▼使用楽器の音色が素晴らしい。早く市民権を得て欲しい。(日進市 40代男性)
 ▼楽器特有の優しい音色が曲に新たな光をあてておる。(南足柄市 40代男性)

 ▼寺神戸さんの偉業は納得するものでしょう。「素晴らしい」以外の言葉は必要ないくらいです。
                                     (鹿児島市 30代男性)

レコード芸術 2009年1月号
 第46回レコード・アカデミー賞 ◎器楽曲部門
2008.12.23
updated


●史上初!!スパッラによるバッハに支持集まる
  J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲(全曲)

  寺神戸亮 (ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)
  録音:2008年2月
  プロデューサー:国崎裕
  エンジニア:塩澤利安
  [デンオン (アリアーレ) COGQ32〜33(2枚組) CD&SACD ]
  月評=8月号

選定委員(敬称略)◆器楽曲部門:濱田滋郎/那須田務/小石忠男

「選考経過」受賞ディスク決定まで 那須田務
(前略)事前の一推しは、筆者はシフ、濱田氏は「ピリス、エマール」であったが、小石氏が、「これまでの偉業を加味した上で」と、寺神戸亮が肩掛けチェロによるスパッラで録音したバッハ《無伴奏チェロ組曲》を推挙された。もちろん、筆者にも異存はない。濱田氏も、「なんと言ってもスパッラによる史上初の金字塔的演奏です。歴史を積み重ねた大型チェロによる名演の数々と比較するとき、言うべきこともあるような気もしますが、ともかくこの楽器を蘇生させたばかりか、そのことに大きな意義があると実感させられる演奏を聴かせてくれていることに敬服」とコメントされている。
バディアロフ氏による「スパッラ」の復元は、これまでのチェロの概念を変える画期的な出来事であり、本誌を含めて大いに話題を呼んだ。復元作業の段階から同楽器に着眼してきた寺神戸はコンサートを重ねて録音に臨んだが、楽器の美質を十全に生かしつつ、指揮を含む音楽活動を通して培われた、まさに古楽の王道ともいえる解釈が示されている。同時に、生き生きとした即興的な感興に満ちた演奏によって、これまでの同曲の録音にはない新鮮なバッハの誕生となった。
部門賞/選定を終えて 小石忠男
例年のことだが、器楽曲部門の発売枚数は著しい。(中略)私が最後に残したのは、シフとバレンボイムのライブ、寺神戸がヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを弾いたバッハの無伴奏チェロ組曲、青柳いづみこのドビュッシーだった。いずれも異なる世界の異質な仕事だが、なかでも寺神戸のバッハは、前人未到の試みであること、その音楽的な完成度の高さが、何度聴いても心の琴線に触れる演奏ということで、これを第一に推したのだが、それが選ばれたのは実に喜ばしい限りといえる。
部門賞/選定を終えて 濱田滋郎
器楽曲部門は08年度も他部門に比して「特選盤」すなわちアカデミー賞候補となりうる盤が数多く、したがって選出も難事のはずだが、私の中では、対象は比較的少ない数にしぼられた。(中略)受賞作が寺神戸渾身の1点、バッハ《無伴奏チェロ組曲》を「スパッラ」により完全に弾き上げるという、画期的な偉業に決定したことにも、全くなんら異論はない。これはけっして単なる奇抜な試みではなく、音楽史的にも十分な根拠と説得力を備え、今後に可能性の輪を果てしなくひろげそうな、まこと意義深い快挙なのである。それを成し遂げたのが日本人であることの意義も大きい。
受賞アーティストからのメッセージ 寺神戸亮
この度受賞のお知らせをいただき、大変嬉しく思っております。まだまだ認知度の低い楽器での録音だけに、このような評価をいただけたことに感謝し、とても意味のあることと感じています。演奏法についての資料がまったくないといってよいほどない中で、試行錯誤を繰り返しながらこの楽器の真価を探ってきましたが、いまだに発展途上にあるといって差し支えないと思います。今回の録音は、そんな中でのひとつの到達点に過ぎません。バッハの時代の演奏習慣や様式について、この30年ほどで目覚しい発見がなされ、演奏の場に反映されてきました。この楽器の復活もその中のひとつに数えられるでしょうか。よく知られた曲が、あるひとつの発見によって全く違った表情を見せる。そんな限りない可能性が、バッハにはまだまだ残されているように感じます。


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<音楽を愛する人のための出版社アルテスパブリッシング>木村元さんが
あんさんぶる NO.492(発行所:カワイ音楽教育研究所本部)に、
おすすめCDとして
Revitalizetion Tomoko plays TOMOKO
をご紹介して下さっています。

2008.09.19
updated

今村 友子 (ピアノ)
寺神戸 亮 (ヴァイオリン)
レベッカ・ローゼン (チェロ)


[Muse Fountain ¥3150(税込)]

   ◆木村元 [音楽を愛する人のための出版社(株)アルテスパブリッシング代表取締役]

 バロックのスペシャリスト、寺神戸亮さんがモダン・ヴァイオリンを弾くという興味から出かけた今村友子さんの演奏会。はじめは同級生のよしみで協演というくらいに思っていたのですが、桐朋学園とデン・ハーグ音楽学院でクラシックやバロック音楽の深い教養を身につけたのち、なんとジャズの世界へ身を投じたという今村さんが紡ぎ出す音楽は、シンプルでありながら豊饒、いきいきと弾み返るようでいてノーブルな気品をたたえた一級品の音楽でした。
 寺神戸さんのヴァイオリンもそれに応えて豊かに歌い、小粋に踊っています。「命が命を呼応させ活きづかせる」----今村さんがタイトルにこめた思いそのもののアルバム。


     
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レコード芸術 2008年6月号 新譜月評/器楽曲、優秀録音
 J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲(全曲)
2008.07.22
updated

特選盤
第1番BWV1007〜第6番BWV1012

寺神戸亮 (ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)

[デンオン (アリアーレ) COGQ32〜33(2枚組) CD&SACD ¥3990]

   ◆濱田滋郎:推奨

 驚くべきCD(2枚組セット)である。J.S.バッハの時代、たしかに使われていたことは諸文献から明らかであるものの、実際にほとんど“幻の楽器”であってきたヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ---「肩」のチェロ、すなわち肩から楽器を吊り、ヴァイオリン、ヴィオラの感じに構えて弾く小型チェロ。別名多く、ヴィオラ・ポンポーザもそのひとつ---を名工と相語らって復元制作し、それを用いて《無伴奏チェロ組曲》全6曲を演奏したのが、当セットなのだ。この楽器(以下「スパッラ」と略する)と復元にあたっての苦心談に関しては、本誌の去る6月号に載った、制作者ディミトリー・バディアロフ氏へのインタヴュー(太田峰夫氏)が記憶に新しいが、万一読み過されたかたは、ぜひじっくりと再読されたい。この録音につかわれたのももちろんバディアロフ制作の楽器で、サイズはヴィオラよりやや大型、たとえてみればギターをヴァイオリン・スタイルに抱え弓で弾くような感じで、通常のチェロよりはかなり小さい。肝腎なのはそれにもかかわらず一般のチェロと同じ調弦・音高をもって楽器が鳴る事実で、弦長が短いにもかかわらず同じ高さの音が出るようにするためには、当然、並々ならぬ工夫が必要だったことになる。

 ともあれ、周知のとおり名ヴァイオリニストたる寺神戸亮は、いささかの迷いもなく確乎とした弓さばき、指さばきにより、きわめて精度高く、6つの組曲をスパッラ上に躍動させている。クーラント、ジーグのような楽章において一般のチェロからは考えられないような敏捷・軽快な運びを聴かせるほか、アーティキュレーション、装飾法などにおいても、かつては聴かれなかった新鮮味を味わわせるのだ。申し遅れたが、寺神戸自身がブックレットに綴っている、例証入りの解題は、《無伴奏組曲》がじつは大型のチェロよりも、このスパッラを念頭に書かれたものだとする考え---「仮説」とするには、余りに強い説得力を持つ---を鮮明かつ的確に伝えて驚かせ感服させる。もとより、このCDの登場により、従来の大型チェロによる名演の数々が光を減ずることはあり得ない。また歴史の年輪を踏まえた奥行き豊かなチェロの音色および名人たちの演奏芸術に照らしてみたとき、甦ったばかりのスパッラがにわかには比肩し得ない点もいろいろあることは自明の理である。だが、ともかくこのアルバムがバッハ演奏史上、画期的な金字塔のひとつになることに疑いはない。


   ◆那須田務:推奨

 今話題の肩掛けチェロ「スパッラ」による録音には、すでにクイケンとラ・プティット・バンドによるヴィヴァルディの《四季》やチェロ協奏曲を収録したアルバム[アクサン]があるが、スパッラで一番聴きたかったのは、やはりこれだ。かつてポンポーザの名で知られていたものの、その実態が良く分かっていなかったこの楽器を復元したのは、制作家でバロック・ヴァイオリンやヴィオラ奏者であもあるバディアロフ氏だが、その彼の制作の過程でよき相談相手となっていたのが、寺神戸亮だった。しかも、寺神戸は数年前からコンサートにおいて、スパッラで度々バッハを演奏してきたので、期が十分に熟したところでの録音である点にも注目されるし、事実、その成果が十分に出ている。

 それにしても、スパッラという楽器は魅力的だ。ライブで接したときの響きの印象がこの録音を通して伝わってくるのもうれしい。もちろん一聴して明らかに通常のチェロとは違う。ストレスのない、押し付けがましいところのない、抜けるような音色。機動性がよく、軽やか。同時に、力強さも十分にある。同ディスクのもう一つの楽しみは寺神戸の《無伴奏チェロ組曲》が聴けることだ。力みがなく自然体であると同時に、品の良い演奏は寺神戸ならではだし、吟味されたアーティキュレーションや自由なアゴーギクがとても新鮮だ。たとえば、第1番のメヌエットではイネガルを多用し、ギャラントな趣が醸し出される。そして、随所に鏤められた、ちょっとした即興的な趣をもった装飾音。スパッラの真価は6番に最も発揮される。元来、5弦のチェロのために書かれ、通常のチェロでは不自然なほどハイ・ポジションが要求される曲だが、この楽器を得てようやく、作品本来の魅力が味わえるといっても過言ではないだろう。スパッラは音楽的にも歴史的にも存在意義が認められてはいるが、認知度はまだまだこれから。これが本当に市民権を得るのは、やはりこういうディスクが世に出る必要がある。バッハ・ファンならずとも、すべての音楽ファンにお勧めしたい。


   ◆歌崎和彦 [録音評]  <91/93〜95>

 少し近い感じもするが、それだけに音の鮮度はよく、響きをゆたかに誇張感なく捉えて、擦弦楽器らしい質感や音色も不足なく伝える。2chは静けさが増すとともに響きがよりのびやかになり、音像もひき締まって、近い感じも解消するし、音色も向上して、緩急の変化やこまやかな表現をすっきり見通せる。マルチchはさらにしなやかな空気感が出て雰囲気が深く、各弦の音色や弓使いなどの違いも無理なくわかるなど、演奏をいっそう巨細に興趣ゆたかに楽しめる。さらに深い静けさがあればとは思うが、曲的に空間性にも不足はなし。



   ◇優秀録音:
歌崎和彦

 実際に聴いたことのない楽器の音と響きを録音を通して云々するのは、少々気が引けるのだが、寺神戸亮によるバッハの《無伴奏チェロ組曲》全曲は、6月号の特集でも取り上げられていた注目の復元楽器、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの音をとてもバランスよく、的確に捉えているのだはないだろうか。そんなふうに思ったのは、楽器の響きをのびやかに誇張感なく捉えた録音が、擦弦楽器らしい質感や音色を伝えるだけでなく、その音と響きに、長年弾きこまれてきた楽器のそれとはまた違ったある種の生々しさのようなものを感じたからである。やり方によっては、もっと柔らかくこなれた響きや艶やかな音色を付加することもできないわけではないだろうが、この録音はそうした虚飾を排して、制作されてまもない楽器の音をストレートに、しかも、音楽的な雰囲気と臨場感ゆたかに伝えてくれる。エンジニアをはじめとする録音スタッフの確かな耳と誠実な姿勢ゆえだろう。

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音楽の友2008年3月号<Concert Reviews>から
  ヴァイオリン&ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ
2008.02.22
updated
 足掛け2年半にわたり取り組んできたヴィオロンチェロ・ダ・スパッラによるバッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲演奏の完結編。プログラムは、核となるバッハ「無伴奏チェロ組曲第4番」と「無伴奏チェロ組曲第6番」の間々に、テレマン「無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲第1番」とビーバーの「パッサカリア・ト短調」の無伴奏ヴァイオリン作品を配置するもの。無伴奏作品の持つ純度の高さが寺神戸の音楽を内面から浮き彫りにし昇華させた。
 むろん、寺神戸の無伴奏ヴァイオリンも魅力的であったが、当夜は、何よりスパッラによる「無伴奏チェロ組曲」がメイン・ディッシュ。特に「組曲第6番」での高音域は、チェロにはない自然な響きの得難い音色であった。モダン・チェロやバロック・チェロとは異なる繊細な調べながら、スパッラの音の軽やかさや運動性の高さにより、バッハが「無伴奏チェロ組曲」で意図したであろう音楽の流麗さは、チェロにはない味わいを醸し出した。
 まさに目から鱗の感である。復元楽器としての宿命から演奏法も未知の部分が多く、寺神戸による2年半の討究の明証ともいえるが、今後のスパッラによる演奏の進展が楽しみである。

 1212日・ハクジュホール  ●高山直也

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音楽の友2008年1月号
 北とぴあ国際音楽祭2007 モンテヴェルディの傑作《オルフェーオ》
2007.12.21
updated
                             取材・文=那須田務

 今年の「北とぴあ国際音楽祭」最大の呼び物が、このモンテヴェルディの《オルフェーオ》。演出は笠井賢一と野村四郎により、能とオペラの融合というコンセプトが注目された。指揮の寺神戸亮はヴァイオリンの弾き振り。管弦楽には初版譜に指定されたほぼすべてのピリオド楽器が動員され、ピッチと音律はA=466Hz及びミーントーン。
 四角い舞台に前後左右5つの方向から橋が架かり、オルフェーオをはじめパストラーレの住人の衣装は望月通陽による、染めの和の質感と時空を越えた斬新なデザイン、方や、神々や黄泉の世界は能装束を基本としたものというように、衣装を通しても両世界が対比される。地上の喜びを表す花の大玉や、2つの世界の境を示す舞台奥の大枠といった、象徴的な道具や歌手たちの動きなど、様々な点で能を想起させる。
 寺神戸の、スコアの細部にまで念入りに造形された音楽作りは、こうした静的な演出によく馴染むが、それが作品とぴたりと合致していたのは3、4幕のカロンテと冥界のシーン。その反面、生命の喜びに沸き立つ1幕のダンスでは、曲が本来捕らえているはずのダイナミズムや躍動感の点で、差異や若干の物足りなさを覚えた。
 とはいえ、ポッジャー、懸田、野々下、若林、波多野らソリストは役柄に嵌った安定した歌唱を示していたし、ヴェテランを揃えた脇役や合唱、管弦楽の活躍ぶりもあって、演奏そのものは高水準。最後に作品へのオマージュの思いを込めて披露された、野村四郎の能の舞もまさしく圧巻だった。
 能の特徴である「喜怒哀楽の表現の凝縮」(野村氏)とモンテヴェルディの音楽が持つ豊穣さが止揚されて、より力強いメッセージとして実を結ぶには、あるいはもう少し時間と機会が必要なのかもしれない。同時に、日本から世界へ向けて発信する同曲における解釈として、これほど魅力的で大きな可能性を秘めているものもない。いずれにせよ、同曲の演奏史に記録されるべき意義深い試みであり、公演だった。(1115日)

■モンテヴェルディ:歌劇《オルフェーオ》全5幕
  1115日、17 / 北とぴあ・さくらホール
  演出=野村四郎、笠井賢一
  出演=ジュリアン・ポッジャー(T、オルフェーオ)
     懸田奈緒子(
S、エウリディーチェ)
     野々下由香里(
S、音楽/プロセルピーナ)
     波多野睦美(
Ms、女の使者/希望)
    
柴山晴美(S、ニンファ)
     若林勉(
Bs、カロンテ)
     畠山茂(
Bs、プルトーネ)
       与那城敬(Br、アポロ)
 
演奏=寺神戸亮(指揮&ヴァイオリン)
     レ・ボレアード


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音楽の友2008年1月号<Concert Reviews>から
 寺神戸亮(指揮&vn)&レ・ボレアード、モーツァルト プログラム
2007.12.21
updated

 
 オール・モーツァルト・プログラムの日本モーツァルト協会との恒例の演奏会。前半は、モーツァルト「交響曲変ホ長調」
K184、「ヴァイオリン協奏曲変ロ長調」K207、後半が、「行進曲ニ長調」K237付きの「セレナード ニ長調」K203

 「交響曲変ホ長調」は、後にモーツァルトにとっての象徴的ともいえる変ホ長調。レ・ボレアードの演奏は調整が生み出すイタリア的な明るさと古典派の明快さを保ちながら、気負わずさらりと繰り広げられた。(中略)終始メンバーを纏め上げる寺神戸の手腕のもと、さり気ないながらも吟味された読み解きによるアーティキュレーションやヴィブラートが、演奏効果を高めていた。
 後半は、行進曲を伴って、当時に倣い演奏しながらの優雅な入場にはじまる。「セレナード ニ長調」では、個と郡の対立、そして、またある時は調和をはかりながら進められ、唯一第5楽章で奏されるフルートの前田りり子が好演。彼女のたおやかな音色が、メッサ・ディ・ヴォーチェによる味わい深さとともに花を添えた。

 1030日・東京文化会館<>  ●高山直也

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音楽の友2007年4月号
  [海外取材]
バッハフェスト・ライプツィヒ2007
 快挙!寺神戸亮、バッハフェストに4年連続出演
2007.07.20
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 6月16日の夕刻、寺神戸亮は上村かおり、シャレフ・アド・エルの2人とともに、トーマス教会近くのライプツィヒ貯蓄銀行のクンストハレで演奏会を開いた。寺神戸亮の出演は4年連続。ライプツィヒの音楽家には常連として毎年バッハフェストに出演している人は少なくないが、非居住者では最高記録だという。この日本の誇るバロック・ヴァイオリンの名手にバッハ・アルヒーフがいかに大きな信頼を置いているかが分かる。チェンバロの譜めくりをバッハ・アルヒーフの事務局長デットロルフ・シュヴェルトフェーガー博士が自らつとめるのもまったく異例のこと。それも演奏家に対する敬意の表れだろう。
 
 リッカルド・ロニョーニ、アンジェロ・ノターリ、ビアージョ・マリーニ、ダリオ・カステッロ、マルコ・ウッチェリーニといったモンテヴェルディ周辺の作曲家の作品でその真価を明らかにする演奏を聞かせた後、コレッリの《ラ・フォリア》、バッハのBWV1021,1019の2つのソナタで締めくくるという今年のバッハフェストのテーマにふさわしいプログラミングだった。小規模の絵画の展示室という環境も、こうした企画に極めて似つかわしい。


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音楽の友2007年4月号<Concert Reviews>から
 07年02月 ハクジュホール ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ
         J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第1・3・5番

2007.03.21
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 寺神戸亮がヴィオロンチェロ・ダ・スパラでバッハの「チェロ組曲」を弾いた。1番の前奏曲、冒頭から柔らかくふくよかなこの楽器特有の音色が、程よい大きさのホールに響き渡る。アルマンドの優美なイネガルやサラバンドの繊細なデュナーミク、サラバンドの繰り返しで聴かせるちょっとした装飾音は寺神戸ならでは。3番の前奏曲ではダイナミックに音楽を語らせる。アルマンドあたりから弓が弦に吸い付いてきた。音色や表現の焦点がさらに絞れてブレーは雀躍とし、ジーグはダンスの愉悦に加えてスピード感があり、重音がくっきりと浮かび上がる。5番の前奏曲は冒頭がやや力みがちに見受けられ、対位法的な箇所などの弱音は美しいものの、強音となると過分な力が入り、クーラントはいささかぎこちない。ガボットで持ち直し、ガボットU以後のしなやかかつ濃やかなニュアンスに富んだ歌、ジーグの音色や情念の多彩な変化やコントラストは大書きに値する。再発見されて日の浅い楽器だけに、不安定要素と新たな可能性が隣り合わせなのは半ば当然。とはいえ、総じて通常のチェロにはないスパラ独自の魅力と、寺神戸の弾く「チェロ組曲」を堪能できた一夜だった。
(2月9日・ハクジュホール、那須田務)

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北とぴあ国際音楽祭 オペラ/ハイドン「月の世界」
 音楽の友2月号<Concert Reviews>から
2007.01.19
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 ハイドンの歌劇《月の世界》2日目を聴いた。演出は実相寺昭雄と三浦安浩。初日直前に実相寺が逝去して図らずも追悼公演となった。月の世界に憧れる裕福な男が、二人の娘と女中、各々の恋人たちの策略で月を旅行したと思い込ませるという筋書き。序曲でスクリーンに登場人物がイラストで映し出されて、聴き手に基本的な情報を与えるなど、馴染みの薄い作品への工夫が嬉しい。地上では月を望む天文研究所、月の世界では巨大な地球を背景とした近未来かつ劇画的な書割。次女役の森麻季は音程の取り方や華やかさ、表出力を含めて現代劇場向けの好演。そのためか、1幕では彼女と他の歌手の間にごく僅かな違和感があったが、それも幕が進むにつれて解消され、とりわけ長女役の野々下由香里は後半のアリアで秀逸な歌唱を聴かせた。父親役のベッティーニはヴェテランらしい安定した歌唱、役どころを押さえた秀演で舞台を引き締めた。寺神戸亮指揮レ・ボレアードは端正かつ明快、生き生きとした音楽作り。寺神戸が舞台でヴァイオリンを弾くシーンもあり、イタリアの仮面喜劇とアニメ&実相寺的世界、ハイドンの音楽の魅力が見事に溶け合って、大いに楽しめた。
(12月2日・北とぴあさくらホール、那須田務)


 朝日新聞(2006.12.21)から
2006.12.22
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  18世紀オペラ 光った仕掛け

 珍しい18世紀オペラが、少しずつ日本の演奏家たちの手で上演されるようになってきた。「北とぴあ国際音楽祭2006」で上演されたハイドンの「月の世界」は、1777年作のオペラ・ブッファ。老人と娘とその恋人が繰り広げるおきまりのパターンが賑やかに、軽妙に展開する。(中略)
今回の上演成功の一番の要因は、ふたりの娘役ソプラノ、森麻紀と野々下由香里にあったろう。森は、澄み切った声を確実にコントロールする清新な歌唱で舞台に華を添えつつ、娘特有の可憐でいたずら好きな性格描写も怠らない。野々下も技術的には同格で、ちゃめっ気たっぷりの娘を演じつつ、アリアや恋人との場面で、ドラマの軸として、より大人らしい情感を歌い出す。女中役の穴澤ゆう子も、表現力豊かな歌を聴かせて舞台に奥行きを与えた。
寺神戸亮指揮のレ・ボレアードが、オペラに必要な覇気を最後まで失わず、むしろ次第に調子をあげながらともに舞台を楽しんでいたのが、成功のもうひとつの要因だ。(後略)
(長木誠司・音楽評論家)


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レコード芸術 2006年9月号 新譜月評/再発売 2006.09.06
updated
  モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲全集

 寺神戸亮 (Vn)
 S.クイケン (Vn・Va・指揮)
 ラ・プティット・バンド
 [デンオン (アリアーレ) COCQ84188〜90 ¥3150]


◆中村孝義:推奨                 [録音]=95点

生誕250年の今年になって、交響曲、ピアノ協奏曲、管楽器のための協奏曲、室内楽、オペラなど他の分野に比べてあまり録音のなかったヴァイオリン協奏曲に、カルミニョーラ、マンゼ、ビオンディなど今をときめくバロック・ヴァイオリンの錚々たる名手たちの録音が出てきた。やっとこの分野にもピリオド楽器の本格的な光が指したのだ。このアルバムは、それらに先駆けること約10年の95年から97年にかけて、ピリオド楽器演奏が大きな潮流となることに先駆的役割を果たすと同時に、いまなお一線で活躍するシギスヴァルト・クイケンとその弟子の寺神戸亮によって録音された全集。ただ他の全集と違って、ここでは師弟が5曲の協奏曲を分け合って録音しているのがひとつの特徴である。クイケンは第24番の3曲を担当し、寺神戸は残りの第1番と第5番を担当している。加えて「2つのヴァイオリンのためのコンチャルトーネ」は両者が、また「協奏交響曲」では寺神戸がヴァイオリンを担っている。
 まず聴いて惹きつけられたのは、クイケン指揮するラ・プティット・バンドが、透明感に満ちた響とくっきりとした輪郭に縁取られた、実に明快でいて繊細、かつ躍動感に満ちたすばらしい演奏を展開していること。(中略)
 ソロを担ったふたりは、さすがに師弟だけに音楽作りの方向性が非常に近く、「コンチェルトーネ」など、どちらがどちらを弾いているのか分からないほど。5曲のヴァイオリン協奏曲に関しては、両者とも十分に闊達な演奏を繰り広げているのだが、(中略)、音にも表現にもさらに確たる奥行き感がほしい。(後略)

 
 J.S.バッハ/ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ全集

 寺神戸亮 (Vn)
 ヘンソトラ (Cemb)
 [デンオン (アリアーレ) COCQ84184〜5 ¥2520]


◆草野次郎:推奨                 [録音]=93点

寺神戸はバロック・ヴァイオリンという楽器の特徴をポジティヴに捉え、この楽器から発せられる音楽を過去の遺物ではなく人間の感情を豊かに表現するための音楽としてわれわれに提供している。バッハの6曲のソナタから、これほど美しく気品に満ちたカンタビーレと本来のリズムの躍動感が引き出された演奏も稀ではないだろうか。しなやかなボウイングが自然で感情に直結した音楽的起伏をつくり出している。6曲すべてがすばらしいが、特に緩徐楽章での、ゆったりとした旋律における表現は幽玄な雰囲気すらある。

 
 J.S.バッハ/
      無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)


 寺神戸亮 (Vn)
 [デンオン (アリアーレ) COCQ84182〜3 ¥2520]


◆中村孝義:推奨                 [録音]=93〜95点

別項のモーツァルトでは多少の不満も感じられた寺神戸だが、このバッハは実にすばらしい。彼自身の手になるライナー・ノーツを読んでいてもわかるが、バッハ、さらにはバロック音楽に対する深い理解と作品研究、さらには奏法研究などが並ではなく、またそれが、彼の高度の技術をもって実際の演奏として生きているところがなんともすばらしい。わが国にもこれほどの深さを持ったバッハ演奏、しかもピリオド楽器の世界で成し遂げる人が出てきたことは、日本人が西洋音楽をする上で大きな勇気を与えてくれる。

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音楽の友 2006年9月号 Concert Reviews
 モーツァルト「フルート協奏曲」全曲演奏会
2006.09.06
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 モーツァルトのフルートと管弦楽のためのすべての作品をピリオド楽器で演奏する、しかも、有田正広と東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ(コンマスは寺神戸亮)の久し振りの東京公演というだけあって事前の期待度は高い。2階正面から見るとほぼ満席という盛況振りである。
「協奏曲第2番」では生き生きとした前奏に導かれてソロが登場すると、鳥の囀りを想起させるカデンツァも含めて霊感に富んだ演奏を披露。ソロの箇所で弦楽が各パート1人になるため、フルートがはっきりと聴こえる上に音楽的にも室内楽的な濃やかさがもたらされる。
「アンダンテ」K.315や「ロンド」K.373はすばらしく優美であると同時に、和声の変化に合わせて色彩を変え、時には力強い情念も聴かれる。
ハープの名手長澤真澄を共演者に迎えた「フルートとハープのための協奏曲」では、2人のソリストの呼吸もぴったり合って、緩徐楽章などは陶然とするほどの美しさ。
「協奏曲第2番」もそうだが、有田のフルートのみずみずしい音色と円熟の表現、細部まで熟考された精妙精緻なアンサンブルによる高水準の出来栄えだった。
なお当公演は皇太子及び皇太子妃がご臨席された。

7月2日・東京芸術劇場

・那須田 務

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ボリビアの日系団体サンフアン日ボ協会(機関紙:ABJ通信)
2006.06.20
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 第5回チキートスルネッサンス・バロック音楽フェスティバルに参加し、公演期間中(2006年4月27日〜5月1日)に出身地サンフアンを訪れ、その時の様子が、サンフアン日ボ協会の機関紙ABJ通信に記載されました。  ABJ通信:2006年6月号


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レコード芸術 2006年5月号 新譜月評/オペラ
 モーツァルト:歌劇 《イドメネオ》 (全曲)
2006.05.01
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寺神戸亮 指揮
レ・ボレアード
ジョン・エルウィズ(T)、波多野睦美(Ms)、高橋薫子(S)
トーナ・ブラーデン(S)、畑儀文(T)、鈴木准、小笠原美敬(Bs)、他
 [ALM ALCD1074〜6(3枚組)] ¥4200

   ◆高崎保男:準推奨

生誕250周年に因んで今年はたくさんのモーツァルト・オペラ全曲録音が登場してくる気配だが、この新盤はその先陣を切ったというだけに止まらぬ重要な意義をもつ。私の記憶する限り、これは日本で、日本人演奏家を主体として行われた最初のモーツァルト・オペラ全曲録音であるからだ。といっても、もともとは2004年秋に東京の北とぴあ・さくらホールで行われたコンサート形式による全曲演奏のライヴ録音なのだが、日本では本格的な舞台上演の機会さえまだ一度も---ではければ、ほとんど---ないこのオペラ・セリアの大作に真向から挑戦し、しかもすこぶる完成度の高い成果をあげたことは特筆に価する。すでに内外で古楽研究と演奏において実績をもつ寺神戸だけに、オリジナル楽器の効果的な駆使はいうまでもないが、このオペラの場合はとくにオーケストラと人声との緊密な融合と一体化、それによる音楽のドラマの雄弁な表現に特別の力点がおかれているように思われる。古楽のスペシャリストたちにしばしばみられる異常にドライなフレージングやアクセントやアタックの強調はここにはほとんどなく、楽器とがあたたかく共存しあい融合していく。歌唱パートから派手な即興的装飾を意識的に避け、カデンツアも比較的短めに簡略化されているのも、18世紀ナポリ派のセリアとは一線を画くした《イドメネオ》の特質からいっても妥当な処置だろう。また、アポジアトゥーラの扱いもごく控えめで、順次下降のアクセントを2音に分ける程度でメロディの流麗さを尊重している---たとえばチャールズ・マッケラスみたいなギチギチした分割とは正反対だ---のも、こうした基本的姿勢と無関係ではない筈だ。しかし、それでもなお、音楽がドラマや感情の高揚を十二分に表現しきれていないとすれば、それはむしろオペラ・セリアという形式の限界という他ない。

主な登場人物のうち、2人以外はすべて日本人だが、彼らの間に質的な差異はまったくない。それにしてもジョン・エルウィズの威厳と貫禄にみちたイドメネオはさすがだし、日本人では高橋薫子の明快でこまやかな抒情にみちたイリアがひときわ抜きんでていた。ただし、このオペラで重要な役割を担うべき合唱がいささか弱体の感をまぬかれない。

1781年ミュンヘン初演時のエディションによる演奏。したがって後に追加挿入された<クレータの女たちの踊り>(第8曲a)や<イダマンテのロンド>(第10曲b)などいくつかのナンバーは省略されている。


   ◆國土潤一:準推奨

鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンを筆頭に、わが国でもピリオド楽器派による演奏が隆盛しつつあるが、オペラの分野では、まだ楽器や宗教曲の分野ほどの水準にはなかなか達していないのが現状だろう。そんな中で、東京都北区で財団法人北区文化振興財団が催している主催公演、北とぴあ国際音楽祭でのコンサート形式とはいえ、バロック・オペラの演奏は注目に値する。我が国のバロック・ヴァイオリンの第一人者である寺神戸亮が指揮するレ・ボレアードが、その公演の中心であり、大きな役割を果たしているのは、すでに多くの識者の認めるところであるが、北とぴあ・さくらホールという中劇場の席数や、東京の北側のこのホールの立地条件等々で、それが全国規模の知名度を獲得するまでには、決して至っていなかったのは残念なことであった。今回、2004年11月12、13日の2回公演のライヴ録音を編集したこの新録音が登場したのは、文化的側面でも大変に意義深いこの音楽祭の様子を、その実演に接することのできない地方の聴衆や海外の人々にも知ってもらうための大きな役割を果たすはずだ。ライヴゆえ、アンサンブルの切れに甘さの残るところもあるし、歌手の声のコンディションに十全とは言い難い部分も聴かれるが、この録音の水準は、決して低くない。国際水準での評価に耐え得る内容と言えるだろう。まず何よりも、寺神戸のセンスのよい音楽運びが素晴らしい。いたずらにバロック的なアクセントを強調することなく、しかし、ロマン派の洗礼を受けたモーツァルト解釈とは訣別した躍動感とコントラスト、そして確かな音楽的俯瞰力に裏打ちされた演奏は、「ダ・ポンテ・オペラ」やジングシュピールとhまったく別の《イドメネオ》の生命力を見事に描き出している。古典的格調の高い中に、豊潤な香気を放つモーツァルトは美しい。歌手陣の中では、イリア役の高橋薫子が出色の出来栄え。リリックな美声を完璧にコントロールしつつ、モーツァルトの様式美の中に、見事な生命力を注ぎ込んでいる。イタリア語のエロキューションの美しさも含めて、第一級のモーツァルト歌唱と言えるだろう。バロック歌唱のスペシャリスト、ジョン・エルウィスのイドメネオと波多野睦美のイダマンテは、この「バロック歌唱」のスタイル内に留まった歌唱で、ドラマ性の表出にほ不満も残る。アルバーチェ役の畑儀文も美声ながらレチタティーヴォでのディクション処理の甘さが惜しまれる。エレットラ役のトーナ・ブラーテンは見事。高橋とともに、他の同曲録音の歌唱に十全に互せる名唱だ。


   ◆神崎一雄 [録音評]

邦人演奏家の古楽器演奏によるオペラのライヴ収録からのCD化による3枚組。意欲的な演奏であり収録であり、2004年11月12、13
日、北とぴあ・さくらホールで行われた話題の演奏を全曲収録したもの。ややデッドな空間で行われた収録という感触のサウンドでもうわずかに音の膨らみと響きがほしい気もするが、それだけ演奏を近く聴く感じのところがあって、細部がよく捉えられ迫力もそれなりにある。

     ピックアップへ CD:コジマ録音  目次へ


ぶらあぼ 2006年5月号 ぴっくあっぷインタビュー:有田正広
 
モーツァルトのフルート協奏曲全曲演奏会に挑む有田正広(フルート)
2006.05.01
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     僕らが徹底的にこだわり抜いたスタイルを、楽しんでくれたら嬉しい

モダンと古楽を自在に行き来して、どちらのフィールドでも大きな成果を上げている有田正広さん。今回はモーツァルト・イヤーを踏まえ彼自身もピリオド・フルートを用い、全面的にピリオド楽器を使用する東京バッハ・モーツァルト・オーケストラとの共演で、フルート協奏曲全曲を取り上げるという、恐らく本邦初の形式となる企画的なコンサート。それに先立って、録音も行うという。

「実はずっと以前にも同様の企画での録音の話があったんですが、さまざまな事情で立ち消えになってしまいました。それをきっかけに、ますますモーツァルトの時代の文献や資料を集め、丹念に調べるようになりました。モーツァルトの自筆譜が残っているのは今回演奏する5曲のうち2曲だけ。写譜うぃした人によって楽譜の内容が異なっていること、現行の原典版も当時の演奏スタイルを完全には反映していないことなど、多くの事実の積み重ねの中から、当時の演奏スタイルが見えてきたんです。演奏の歴史は時代の流れとともに大きく変わり、それらを知ることで音楽そのものを見直せるチャンスになりました。計画が流れたお陰で、図らずも研究する時間ができたわけです。そして今回もまず録音の話が立ち上がり、その後に東京芸術劇場さんが演奏会も開きましょうと言ってくださったんです。これでもう流れることはないですね」

有田さんのことだから、楽器にもこだわった。
「モーツァルトの時代には、フルートといってもさまざまな種類の楽器が存在しました。旅の多かった彼は、そのことをもちろん知っていたでしょう。僕は当時のパリの名工が作った楽器を持っているので、今回はそれを使います。ハープはエラール社のシングル・アクションのものだし、弦楽器も管楽器もひとつひとつ、モーツァルトが耳にしたに違いない当時の楽器になるべく近いものを使います」
オーケストラ・メンバーも面白がってくれている。
「リーダーの寺神戸亮さんとはすでに何度も打ち合わせをしていて、準備は着々と進んでいます。個人的な思いなど恣意的な要素を排除して、できる限り歴史に忠実に音にすることで、皆の意識がまとまっています。実はピリオド楽器の方が、モダンよりもずっと音楽的な表現に長けているんですよ。まぁ、こうしたこだわりは演奏者の側のお話で、聴いてくださる皆さんには、まず楽器の見た目やサウンドの違いから入って、最終的には表現される音楽そのものを味わっていただけたらと思います」

当時の一般的な大きさだった20名ほどのオーケストラ。指揮者は立てない。
「寺神戸さんとのやりとりで演奏していきます。室内楽的な緊密なアンサンブルになるはずですよ。そうそう、カデンツァは当時の文献を踏まえ、かつ即興も含んだ僕のオリジナをお聴かせします」


   取材・文:堀江昭朗

 2006年07月02日(日) 有田正広&東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ
   モーツァルト フルート協奏曲全曲演奏会

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