<音楽を愛する人のための出版社アルテスパブリッシング>木村元さんが
あんさんぶる NO.492(発行所:カワイ音楽教育研究所本部)に、
おすすめCDとして
Revitalizetion Tomoko plays TOMOKO
をご紹介して下さっています。

2008.09.19
updated

今村 友子 (ピアノ)
寺神戸 亮 (ヴァイオリン)
レベッカ・ローゼン (チェロ)


[Muse Fountain ¥3150(税込)]

   ◆木村元 [音楽を愛する人のための出版社(株)アルテスパブリッシング代表取締役]

 バロックのスペシャリスト、寺神戸亮さんがモダン・ヴァイオリンを弾くという興味から出かけた今村友子さんの演奏会。はじめは同級生のよしみで協演というくらいに思っていたのですが、桐朋学園とデン・ハーグ音楽学院でクラシックやバロック音楽の深い教養を身につけたのち、なんとジャズの世界へ身を投じたという今村さんが紡ぎ出す音楽は、シンプルでありながら豊饒、いきいきと弾み返るようでいてノーブルな気品をたたえた一級品の音楽でした。
 寺神戸さんのヴァイオリンもそれに応えて豊かに歌い、小粋に踊っています。「命が命を呼応させ活きづかせる」----今村さんがタイトルにこめた思いそのもののアルバム。


     
ピックアップへ  CD  目次へ


レコード芸術 2008年6月号 新譜月評/器楽曲、優秀録音
 J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲(全曲)
2008.07.22
updated

特選盤
第1番BWV1007〜第6番BWV1012

寺神戸亮 (ヴィオリンチェロ・ダ・スパッラ)

[デンオン (アリアーレ) COGQ32〜33(2枚組) CD&SACD ¥3990]

   ◆濱田滋郎:推奨

 驚くべきCD(2枚組セット)である。J.S.バッハの時代、たしかに使われていたことは諸文献から明らかであるものの、実際にほとんど“幻の楽器”であってきたヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ---「肩」のチェロ、すなわち肩から楽器を吊り、ヴァイオリン、ヴィオラの感じに構えて弾く小型チェロ。別名多く、ヴィオラ・ポンポーザもそのひとつ---を名工と相語らって復元制作し、それを用いて《無伴奏チェロ組曲》全6曲を演奏したのが、当セットなのだ。この楽器(以下「スパッラ」と略する)と復元にあたっての苦心談に関しては、本誌の去る6月号に載った、制作者ディミトリー・バディアロフ氏へのインタヴュー(太田峰夫氏)が記憶に新しいが、万一読み過されたかたは、ぜひじっくりと再読されたい。この録音につかわれたのももちろんバディアロフ制作の楽器で、サイズはヴィオラよりやや大型、たとえてみればギターをヴァイオリン・スタイルに抱え弓で弾くような感じで、通常のチェロよりはかなり小さい。肝腎なのはそれにもかかわらず一般のチェロと同じ調弦・音高をもって楽器が鳴る事実で、弦長が短いにもかかわらず同じ高さの音が出るようにするためには、当然、並々ならぬ工夫が必要だったことになる。

 ともあれ、周知のとおり名ヴァイオリニストたる寺神戸亮は、いささかの迷いもなく確乎とした弓さばき、指さばきにより、きわめて精度高く、6つの組曲をスパッラ上に躍動させている。クーラント、ジーグのような楽章において一般のチェロからは考えられないような敏捷・軽快な運びを聴かせるほか、アーティキュレーション、装飾法などにおいても、かつては聴かれなかった新鮮味を味わわせるのだ。申し遅れたが、寺神戸自身がブックレットに綴っている、例証入りの解題は、《無伴奏組曲》がじつは大型のチェロよりも、このスパッラを念頭に書かれたものだとする考え---「仮説」とするには、余りに強い説得力を持つ---を鮮明かつ的確に伝えて驚かせ感服させる。もとより、このCDの登場により、従来の大型チェロによる名演の数々が光を減ずることはあり得ない。また歴史の年輪を踏まえた奥行き豊かなチェロの音色および名人たちの演奏芸術に照らしてみたとき、甦ったばかりのスパッラがにわかには比肩し得ない点もいろいろあることは自明の理である。だが、ともかくこのアルバムがバッハ演奏史上、画期的な金字塔のひとつになることに疑いはない。


   ◆那須田務:推奨

 今話題の肩掛けチェロ「スパッラ」による録音には、すでにクイケンとラ・プティット・バンドによるヴィヴァルディの《四季》やチェロ協奏曲を収録したアルバム[アクサン]があるが、スパッラで一番聴きたかったのは、やはりこれだ。かつてポンポーザの名で知られていたものの、その実態が良く分かっていなかったこの楽器を復元したのは、制作家でバロック・ヴァイオリンやヴィオラ奏者であもあるバディアロフ氏だが、その彼の制作の過程でよき相談相手となっていたのが、寺神戸亮だった。しかも、寺神戸は数年前からコンサートにおいて、スパッラで度々バッハを演奏してきたので、期が十分に熟したところでの録音である点にも注目されるし、事実、その成果が十分に出ている。

 それにしても、スパッラという楽器は魅力的だ。ライブで接したときの響きの印象がこの録音を通して伝わってくるのもうれしい。もちろん一聴して明らかに通常のチェロとは違う。ストレスのない、押し付けがましいところのない、抜けるような音色。機動性がよく、軽やか。同時に、力強さも十分にある。同ディスクのもう一つの楽しみは寺神戸の《無伴奏チェロ組曲》が聴けることだ。力みがなく自然体であると同時に、品の良い演奏は寺神戸ならではだし、吟味されたアーティキュレーションや自由なアゴーギクがとても新鮮だ。たとえば、第1番のメヌエットではイネガルを多用し、ギャラントな趣が醸し出される。そして、随所に鏤められた、ちょっとした即興的な趣をもった装飾音。スパッラの真価は6番に最も発揮される。元来、5弦のチェロのために書かれ、通常のチェロでは不自然なほどハイ・ポジションが要求される曲だが、この楽器を得てようやく、作品本来の魅力が味わえるといっても過言ではないだろう。スパッラは音楽的にも歴史的にも存在意義が認められてはいるが、認知度はまだまだこれから。これが本当に市民権を得るのは、やはりこういうディスクが世に出る必要がある。バッハ・ファンならずとも、すべての音楽ファンにお勧めしたい。


   ◆歌崎和彦 [録音評]  <91/93〜95>

 少し近い感じもするが、それだけに音の鮮度はよく、響きをゆたかに誇張感なく捉えて、擦弦楽器らしい質感や音色も不足なく伝える。2chは静けさが増すとともに響きがよりのびやかになり、音像もひき締まって、近い感じも解消するし、音色も向上して、緩急の変化やこまやかな表現をすっきり見通せる。マルチchはさらにしなやかな空気感が出て雰囲気が深く、各弦の音色や弓使いなどの違いも無理なくわかるなど、演奏をいっそう巨細に興趣ゆたかに楽しめる。さらに深い静けさがあればとは思うが、曲的に空間性にも不足はなし。



   ◇優秀録音:
歌崎和彦

 実際に聴いたことのない楽器の音と響きを録音を通して云々するのは、少々気が引けるのだが、寺神戸亮によるバッハの《無伴奏チェロ組曲》全曲は、6月号の特集でも取り上げられていた注目の復元楽器、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの音をとてもバランスよく、的確に捉えているのだはないだろうか。そんなふうに思ったのは、楽器の響きをのびやかに誇張感なく捉えた録音が、擦弦楽器らしい質感や音色を伝えるだけでなく、その音と響きに、長年弾きこまれてきた楽器のそれとはまた違ったある種の生々しさのようなものを感じたからである。やり方によっては、もっと柔らかくこなれた響きや艶やかな音色を付加することもできないわけではないだろうが、この録音はそうした虚飾を排して、制作されてまもない楽器の音をストレートに、しかも、音楽的な雰囲気と臨場感ゆたかに伝えてくれる。エンジニアをはじめとする録音スタッフの確かな耳と誠実な姿勢ゆえだろう。

     ピックアップへ 
デンオン  目次へ


音楽の友2008年3月号<Concert Reviews>から
  ヴァイオリン&ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ
2008.02.22
updated
 足掛け2年半にわたり取り組んできたヴィオロンチェロ・ダ・スパッラによるバッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲演奏の完結編。プログラムは、核となるバッハ「無伴奏チェロ組曲第4番」と「無伴奏チェロ組曲第6番」の間々に、テレマン「無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲第1番」とビーバーの「パッサカリア・ト短調」の無伴奏ヴァイオリン作品を配置するもの。無伴奏作品の持つ純度の高さが寺神戸の音楽を内面から浮き彫りにし昇華させた。
 むろん、寺神戸の無伴奏ヴァイオリンも魅力的であったが、当夜は、何よりスパッラによる「無伴奏チェロ組曲」がメイン・ディッシュ。特に「組曲第6番」での高音域は、チェロにはない自然な響きの得難い音色であった。モダン・チェロやバロック・チェロとは異なる繊細な調べながら、スパッラの音の軽やかさや運動性の高さにより、バッハが「無伴奏チェロ組曲」で意図したであろう音楽の流麗さは、チェロにはない味わいを醸し出した。
 まさに目から鱗の感である。復元楽器としての宿命から演奏法も未知の部分が多く、寺神戸による2年半の討究の明証ともいえるが、今後のスパッラによる演奏の進展が楽しみである。

 1212日・ハクジュホール  ●高山直也

        ピックアップへ 目次へ



音楽の友2008年1月号
 北とぴあ国際音楽祭2007 モンテヴェルディの傑作《オルフェーオ》
2007.12.21
updated
                             取材・文=那須田務

 今年の「北とぴあ国際音楽祭」最大の呼び物が、このモンテヴェルディの《オルフェーオ》。演出は笠井賢一と野村四郎により、能とオペラの融合というコンセプトが注目された。指揮の寺神戸亮はヴァイオリンの弾き振り。管弦楽には初版譜に指定されたほぼすべてのピリオド楽器が動員され、ピッチと音律はA=466Hz及びミーントーン。
 四角い舞台に前後左右5つの方向から橋が架かり、オルフェーオをはじめパストラーレの住人の衣装は望月通陽による、染めの和の質感と時空を越えた斬新なデザイン、方や、神々や黄泉の世界は能装束を基本としたものというように、衣装を通しても両世界が対比される。地上の喜びを表す花の大玉や、2つの世界の境を示す舞台奥の大枠といった、象徴的な道具や歌手たちの動きなど、様々な点で能を想起させる。
 寺神戸の、スコアの細部にまで念入りに造形された音楽作りは、こうした静的な演出によく馴染むが、それが作品とぴたりと合致していたのは3、4幕のカロンテと冥界のシーン。その反面、生命の喜びに沸き立つ1幕のダンスでは、曲が本来捕らえているはずのダイナミズムや躍動感の点で、差異や若干の物足りなさを覚えた。
 とはいえ、ポッジャー、懸田、野々下、若林、波多野らソリストは役柄に嵌った安定した歌唱を示していたし、ヴェテランを揃えた脇役や合唱、管弦楽の活躍ぶりもあって、演奏そのものは高水準。最後に作品へのオマージュの思いを込めて披露された、野村四郎の能の舞もまさしく圧巻だった。
 能の特徴である「喜怒哀楽の表現の凝縮」(野村氏)とモンテヴェルディの音楽が持つ豊穣さが止揚されて、より力強いメッセージとして実を結ぶには、あるいはもう少し時間と機会が必要なのかもしれない。同時に、日本から世界へ向けて発信する同曲における解釈として、これほど魅力的で大きな可能性を秘めているものもない。いずれにせよ、同曲の演奏史に記録されるべき意義深い試みであり、公演だった。(1115日)

■モンテヴェルディ:歌劇《オルフェーオ》全5幕
  1115日、17 / 北とぴあ・さくらホール
  演出=野村四郎、笠井賢一
  出演=ジュリアン・ポッジャー(T、オルフェーオ)
     懸田奈緒子(
S、エウリディーチェ)
     野々下由香里(
S、音楽/プロセルピーナ)
     波多野睦美(
Ms、女の使者/希望)
    
柴山晴美(S、ニンファ)
     若林勉(
Bs、カロンテ)
     畠山茂(
Bs、プルトーネ)
       与那城敬(Br、アポロ)
 
演奏=寺神戸亮(指揮&ヴァイオリン)
     レ・ボレアード


        ピックアップへ 目次へ


音楽の友2008年1月号<Concert Reviews>から
 寺神戸亮(指揮&vn)&レ・ボレアード、モーツァルト プログラム
2007.12.21
updated

 
 オール・モーツァルト・プログラムの日本モーツァルト協会との恒例の演奏会。前半は、モーツァルト「交響曲変ホ長調」
K184、「ヴァイオリン協奏曲変ロ長調」K207、後半が、「行進曲ニ長調」K237付きの「セレナード ニ長調」K203

 「交響曲変ホ長調」は、後にモーツァルトにとっての象徴的ともいえる変ホ長調。レ・ボレアードの演奏は調整が生み出すイタリア的な明るさと古典派の明快さを保ちながら、気負わずさらりと繰り広げられた。(中略)終始メンバーを纏め上げる寺神戸の手腕のもと、さり気ないながらも吟味された読み解きによるアーティキュレーションやヴィブラートが、演奏効果を高めていた。
 後半は、行進曲を伴って、当時に倣い演奏しながらの優雅な入場にはじまる。「セレナード ニ長調」では、個と郡の対立、そして、またある時は調和をはかりながら進められ、唯一第5楽章で奏されるフルートの前田りり子が好演。彼女のたおやかな音色が、メッサ・ディ・ヴォーチェによる味わい深さとともに花を添えた。

 1030日・東京文化会館<>  ●高山直也

        ピックアップへ 目次へ


音楽の友2007年4月号
  [海外取材]
バッハフェスト・ライプツィヒ2007
 快挙!寺神戸亮、バッハフェストに4年連続出演
2007.07.20
updated

 
 6月16日の夕刻、寺神戸亮は上村かおり、シャレフ・アド・エルの2人とともに、トーマス教会近くのライプツィヒ貯蓄銀行のクンストハレで演奏会を開いた。寺神戸亮の出演は4年連続。ライプツィヒの音楽家には常連として毎年バッハフェストに出演している人は少なくないが、非居住者では最高記録だという。この日本の誇るバロック・ヴァイオリンの名手にバッハ・アルヒーフがいかに大きな信頼を置いているかが分かる。チェンバロの譜めくりをバッハ・アルヒーフの事務局長デットロルフ・シュヴェルトフェーガー博士が自らつとめるのもまったく異例のこと。それも演奏家に対する敬意の表れだろう。
 
 リッカルド・ロニョーニ、アンジェロ・ノターリ、ビアージョ・マリーニ、ダリオ・カステッロ、マルコ・ウッチェリーニといったモンテヴェルディ周辺の作曲家の作品でその真価を明らかにする演奏を聞かせた後、コレッリの《ラ・フォリア》、バッハのBWV1021,1019の2つのソナタで締めくくるという今年のバッハフェストのテーマにふさわしいプログラミングだった。小規模の絵画の展示室という環境も、こうした企画に極めて似つかわしい。


        ピックアップへ 目次へ


音楽の友2007年4月号<Concert Reviews>から
 07年02月 ハクジュホール ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ
         J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第1・3・5番

2007.03.21
updated

 寺神戸亮がヴィオロンチェロ・ダ・スパラでバッハの「チェロ組曲」を弾いた。1番の前奏曲、冒頭から柔らかくふくよかなこの楽器特有の音色が、程よい大きさのホールに響き渡る。アルマンドの優美なイネガルやサラバンドの繊細なデュナーミク、サラバンドの繰り返しで聴かせるちょっとした装飾音は寺神戸ならでは。3番の前奏曲ではダイナミックに音楽を語らせる。アルマンドあたりから弓が弦に吸い付いてきた。音色や表現の焦点がさらに絞れてブレーは雀躍とし、ジーグはダンスの愉悦に加えてスピード感があり、重音がくっきりと浮かび上がる。5番の前奏曲は冒頭がやや力みがちに見受けられ、対位法的な箇所などの弱音は美しいものの、強音となると過分な力が入り、クーラントはいささかぎこちない。ガボットで持ち直し、ガボットU以後のしなやかかつ濃やかなニュアンスに富んだ歌、ジーグの音色や情念の多彩な変化やコントラストは大書きに値する。再発見されて日の浅い楽器だけに、不安定要素と新たな可能性が隣り合わせなのは半ば当然。とはいえ、総じて通常のチェロにはないスパラ独自の魅力と、寺神戸の弾く「チェロ組曲」を堪能できた一夜だった。
(2月9日・ハクジュホール、那須田務)

        ピックアップへ 目次へ


北とぴあ国際音楽祭 オペラ/ハイドン「月の世界」
 音楽の友2月号<Concert Reviews>から
2007.01.19
updated
 
 ハイドンの歌劇《月の世界》2日目を聴いた。演出は実相寺昭雄と三浦安浩。初日直前に実相寺が逝去して図らずも追悼公演となった。月の世界に憧れる裕福な男が、二人の娘と女中、各々の恋人たちの策略で月を旅行したと思い込ませるという筋書き。序曲でスクリーンに登場人物がイラストで映し出されて、聴き手に基本的な情報を与えるなど、馴染みの薄い作品への工夫が嬉しい。地上では月を望む天文研究所、月の世界では巨大な地球を背景とした近未来かつ劇画的な書割。次女役の森麻季は音程の取り方や華やかさ、表出力を含めて現代劇場向けの好演。そのためか、1幕では彼女と他の歌手の間にごく僅かな違和感があったが、それも幕が進むにつれて解消され、とりわけ長女役の野々下由香里は後半のアリアで秀逸な歌唱を聴かせた。父親役のベッティーニはヴェテランらしい安定した歌唱、役どころを押さえた秀演で舞台を引き締めた。寺神戸亮指揮レ・ボレアードは端正かつ明快、生き生きとした音楽作り。寺神戸が舞台でヴァイオリンを弾くシーンもあり、イタリアの仮面喜劇とアニメ&実相寺的世界、ハイドンの音楽の魅力が見事に溶け合って、大いに楽しめた。
(12月2日・北とぴあさくらホール、那須田務)


 朝日新聞(2006.12.21)から
2006.12.22
updated
  
  18世紀オペラ 光った仕掛け

 珍しい18世紀オペラが、少しずつ日本の演奏家たちの手で上演されるようになってきた。「北とぴあ国際音楽祭2006」で上演されたハイドンの「月の世界」は、1777年作のオペラ・ブッファ。老人と娘とその恋人が繰り広げるおきまりのパターンが賑やかに、軽妙に展開する。(中略)
今回の上演成功の一番の要因は、ふたりの娘役ソプラノ、森麻紀と野々下由香里にあったろう。森は、澄み切った声を確実にコントロールする清新な歌唱で舞台に華を添えつつ、娘特有の可憐でいたずら好きな性格描写も怠らない。野々下も技術的には同格で、ちゃめっ気たっぷりの娘を演じつつ、アリアや恋人との場面で、ドラマの軸として、より大人らしい情感を歌い出す。女中役の穴澤ゆう子も、表現力豊かな歌を聴かせて舞台に奥行きを与えた。
寺神戸亮指揮のレ・ボレアードが、オペラに必要な覇気を最後まで失わず、むしろ次第に調子をあげながらともに舞台を楽しんでいたのが、成功のもうひとつの要因だ。(後略)
(長木誠司・音楽評論家)


        ピックアップへ 目次へ


レコード芸術 2006年9月号 新譜月評/再発売 2006.09.06
updated
  モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲全集

 寺神戸亮 (Vn)
 S.クイケン (Vn・Va・指揮)
 ラ・プティット・バンド
 [デンオン (アリアーレ) COCQ84188〜90 ¥3150]


◆中村孝義:推奨                 [録音]=95点

生誕250年の今年になって、交響曲、ピアノ協奏曲、管楽器のための協奏曲、室内楽、オペラなど他の分野に比べてあまり録音のなかったヴァイオリン協奏曲に、カルミニョーラ、マンゼ、ビオンディなど今をときめくバロック・ヴァイオリンの錚々たる名手たちの録音が出てきた。やっとこの分野にもピリオド楽器の本格的な光が指したのだ。このアルバムは、それらに先駆けること約10年の95年から97年にかけて、ピリオド楽器演奏が大きな潮流となることに先駆的役割を果たすと同時に、いまなお一線で活躍するシギスヴァルト・クイケンとその弟子の寺神戸亮によって録音された全集。ただ他の全集と違って、ここでは師弟が5曲の協奏曲を分け合って録音しているのがひとつの特徴である。クイケンは第24番の3曲を担当し、寺神戸は残りの第1番と第5番を担当している。加えて「2つのヴァイオリンのためのコンチャルトーネ」は両者が、また「協奏交響曲」では寺神戸がヴァイオリンを担っている。
 まず聴いて惹きつけられたのは、クイケン指揮するラ・プティット・バンドが、透明感に満ちた響とくっきりとした輪郭に縁取られた、実に明快でいて繊細、かつ躍動感に満ちたすばらしい演奏を展開していること。(中略)
 ソロを担ったふたりは、さすがに師弟だけに音楽作りの方向性が非常に近く、「コンチェルトーネ」など、どちらがどちらを弾いているのか分からないほど。5曲のヴァイオリン協奏曲に関しては、両者とも十分に闊達な演奏を繰り広げているのだが、(中略)、音にも表現にもさらに確たる奥行き感がほしい。(後略)

 
 J.S.バッハ/ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ全集

 寺神戸亮 (Vn)
 ヘンソトラ (Cemb)
 [デンオン (アリアーレ) COCQ84184〜5 ¥2520]


◆草野次郎:推奨                 [録音]=93点

寺神戸はバロック・ヴァイオリンという楽器の特徴をポジティヴに捉え、この楽器から発せられる音楽を過去の遺物ではなく人間の感情を豊かに表現するための音楽としてわれわれに提供している。バッハの6曲のソナタから、これほど美しく気品に満ちたカンタビーレと本来のリズムの躍動感が引き出された演奏も稀ではないだろうか。しなやかなボウイングが自然で感情に直結した音楽的起伏をつくり出している。6曲すべてがすばらしいが、特に緩徐楽章での、ゆったりとした旋律における表現は幽玄な雰囲気すらある。

 
 J.S.バッハ/
      無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)


 寺神戸亮 (Vn)
 [デンオン (アリアーレ) COCQ84182〜3 ¥2520]


◆中村孝義:推奨                 [録音]=93〜95点

別項のモーツァルトでは多少の不満も感じられた寺神戸だが、このバッハは実にすばらしい。彼自身の手になるライナー・ノーツを読んでいてもわかるが、バッハ、さらにはバロック音楽に対する深い理解と作品研究、さらには奏法研究などが並ではなく、またそれが、彼の高度の技術をもって実際の演奏として生きているところがなんともすばらしい。わが国にもこれほどの深さを持ったバッハ演奏、しかもピリオド楽器の世界で成し遂げる人が出てきたことは、日本人が西洋音楽をする上で大きな勇気を与えてくれる。

        ピックアップへ 目次へ


音楽の友 2006年9月号 Concert Reviews
 モーツァルト「フルート協奏曲」全曲演奏会
2006.09.06
updated

 モーツァルトのフルートと管弦楽のためのすべての作品をピリオド楽器で演奏する、しかも、有田正広と東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ(コンマスは寺神戸亮)の久し振りの東京公演というだけあって事前の期待度は高い。2階正面から見るとほぼ満席という盛況振りである。
「協奏曲第2番」では生き生きとした前奏に導かれてソロが登場すると、鳥の囀りを想起させるカデンツァも含めて霊感に富んだ演奏を披露。ソロの箇所で弦楽が各パート1人になるため、フルートがはっきりと聴こえる上に音楽的にも室内楽的な濃やかさがもたらされる。
「アンダンテ」K.315や「ロンド」K.373はすばらしく優美であると同時に、和声の変化に合わせて色彩を変え、時には力強い情念も聴かれる。
ハープの名手長澤真澄を共演者に迎えた「フルートとハープのための協奏曲」では、2人のソリストの呼吸もぴったり合って、緩徐楽章などは陶然とするほどの美しさ。
「協奏曲第2番」もそうだが、有田のフルートのみずみずしい音色と円熟の表現、細部まで熟考された精妙精緻なアンサンブルによる高水準の出来栄えだった。
なお当公演は皇太子及び皇太子妃がご臨席された。

7月2日・東京芸術劇場

・那須田 務

        ピックアップへ 目次へ


ボリビアの日系団体サンフアン日ボ協会(機関紙:ABJ通信)
2006.06.20
updated

 第5回チキートスルネッサンス・バロック音楽フェスティバルに参加し、公演期間中(2006年4月27日〜5月1日)に出身地サンフアンを訪れ、その時の様子が、サンフアン日ボ協会の機関紙ABJ通信に記載されました。  ABJ通信:2006年6月号


        ピックアップへ 目次へ


レコード芸術 2006年5月号 新譜月評/オペラ
 モーツァルト:歌劇 《イドメネオ》 (全曲)
2006.05.01
updated
寺神戸亮 指揮
レ・ボレアード
ジョン・エルウィズ(T)、波多野睦美(Ms)、高橋薫子(S)
トーナ・ブラーデン(S)、畑儀文(T)、鈴木准、小笠原美敬(Bs)、他
 [ALM ALCD1074〜6(3枚組)] ¥4200

   ◆高崎保男:準推奨

生誕250周年に因んで今年はたくさんのモーツァルト・オペラ全曲録音が登場してくる気配だが、この新盤はその先陣を切ったというだけに止まらぬ重要な意義をもつ。私の記憶する限り、これは日本で、日本人演奏家を主体として行われた最初のモーツァルト・オペラ全曲録音であるからだ。といっても、もともとは2004年秋に東京の北とぴあ・さくらホールで行われたコンサート形式による全曲演奏のライヴ録音なのだが、日本では本格的な舞台上演の機会さえまだ一度も---ではければ、ほとんど---ないこのオペラ・セリアの大作に真向から挑戦し、しかもすこぶる完成度の高い成果をあげたことは特筆に価する。すでに内外で古楽研究と演奏において実績をもつ寺神戸だけに、オリジナル楽器の効果的な駆使はいうまでもないが、このオペラの場合はとくにオーケストラと人声との緊密な融合と一体化、それによる音楽のドラマの雄弁な表現に特別の力点がおかれているように思われる。古楽のスペシャリストたちにしばしばみられる異常にドライなフレージングやアクセントやアタックの強調はここにはほとんどなく、楽器とがあたたかく共存しあい融合していく。歌唱パートから派手な即興的装飾を意識的に避け、カデンツアも比較的短めに簡略化されているのも、18世紀ナポリ派のセリアとは一線を画くした《イドメネオ》の特質からいっても妥当な処置だろう。また、アポジアトゥーラの扱いもごく控えめで、順次下降のアクセントを2音に分ける程度でメロディの流麗さを尊重している---たとえばチャールズ・マッケラスみたいなギチギチした分割とは正反対だ---のも、こうした基本的姿勢と無関係ではない筈だ。しかし、それでもなお、音楽がドラマや感情の高揚を十二分に表現しきれていないとすれば、それはむしろオペラ・セリアという形式の限界という他ない。

主な登場人物のうち、2人以外はすべて日本人だが、彼らの間に質的な差異はまったくない。それにしてもジョン・エルウィズの威厳と貫禄にみちたイドメネオはさすがだし、日本人では高橋薫子の明快でこまやかな抒情にみちたイリアがひときわ抜きんでていた。ただし、このオペラで重要な役割を担うべき合唱がいささか弱体の感をまぬかれない。

1781年ミュンヘン初演時のエディションによる演奏。したがって後に追加挿入された<クレータの女たちの踊り>(第8曲a)や<イダマンテのロンド>(第10曲b)などいくつかのナンバーは省略されている。


   ◆國土潤一:準推奨

鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンを筆頭に、わが国でもピリオド楽器派による演奏が隆盛しつつあるが、オペラの分野では、まだ楽器や宗教曲の分野ほどの水準にはなかなか達していないのが現状だろう。そんな中で、東京都北区で財団法人北区文化振興財団が催している主催公演、北とぴあ国際音楽祭でのコンサート形式とはいえ、バロック・オペラの演奏は注目に値する。我が国のバロック・ヴァイオリンの第一人者である寺神戸亮が指揮するレ・ボレアードが、その公演の中心であり、大きな役割を果たしているのは、すでに多くの識者の認めるところであるが、北とぴあ・さくらホールという中劇場の席数や、東京の北側のこのホールの立地条件等々で、それが全国規模の知名度を獲得するまでには、決して至っていなかったのは残念なことであった。今回、2004年11月12、13日の2回公演のライヴ録音を編集したこの新録音が登場したのは、文化的側面でも大変に意義深いこの音楽祭の様子を、その実演に接することのできない地方の聴衆や海外の人々にも知ってもらうための大きな役割を果たすはずだ。ライヴゆえ、アンサンブルの切れに甘さの残るところもあるし、歌手の声のコンディションに十全とは言い難い部分も聴かれるが、この録音の水準は、決して低くない。国際水準での評価に耐え得る内容と言えるだろう。まず何よりも、寺神戸のセンスのよい音楽運びが素晴らしい。いたずらにバロック的なアクセントを強調することなく、しかし、ロマン派の洗礼を受けたモーツァルト解釈とは訣別した躍動感とコントラスト、そして確かな音楽的俯瞰力に裏打ちされた演奏は、「ダ・ポンテ・オペラ」やジングシュピールとhまったく別の《イドメネオ》の生命力を見事に描き出している。古典的格調の高い中に、豊潤な香気を放つモーツァルトは美しい。歌手陣の中では、イリア役の高橋薫子が出色の出来栄え。リリックな美声を完璧にコントロールしつつ、モーツァルトの様式美の中に、見事な生命力を注ぎ込んでいる。イタリア語のエロキューションの美しさも含めて、第一級のモーツァルト歌唱と言えるだろう。バロック歌唱のスペシャリスト、ジョン・エルウィスのイドメネオと波多野睦美のイダマンテは、この「バロック歌唱」のスタイル内に留まった歌唱で、ドラマ性の表出にほ不満も残る。アルバーチェ役の畑儀文も美声ながらレチタティーヴォでのディクション処理の甘さが惜しまれる。エレットラ役のトーナ・ブラーテンは見事。高橋とともに、他の同曲録音の歌唱に十全に互せる名唱だ。


   ◆神崎一雄 [録音評]

邦人演奏家の古楽器演奏によるオペラのライヴ収録からのCD化による3枚組。意欲的な演奏であり収録であり、2004年11月12、13
日、北とぴあ・さくらホールで行われた話題の演奏を全曲収録したもの。ややデッドな空間で行われた収録という感触のサウンドでもうわずかに音の膨らみと響きがほしい気もするが、それだけ演奏を近く聴く感じのところがあって、細部がよく捉えられ迫力もそれなりにある。

     ピックアップへ CD:コジマ録音  目次へ


ぶらあぼ 2006年5月号 ぴっくあっぷインタビュー:有田正広
 
モーツァルトのフルート協奏曲全曲演奏会に挑む有田正広(フルート)
2006.05.01
updated

     僕らが徹底的にこだわり抜いたスタイルを、楽しんでくれたら嬉しい

モダンと古楽を自在に行き来して、どちらのフィールドでも大きな成果を上げている有田正広さん。今回はモーツァルト・イヤーを踏まえ彼自身もピリオド・フルートを用い、全面的にピリオド楽器を使用する東京バッハ・モーツァルト・オーケストラとの共演で、フルート協奏曲全曲を取り上げるという、恐らく本邦初の形式となる企画的なコンサート。それに先立って、録音も行うという。

「実はずっと以前にも同様の企画での録音の話があったんですが、さまざまな事情で立ち消えになってしまいました。それをきっかけに、ますますモーツァルトの時代の文献や資料を集め、丹念に調べるようになりました。モーツァルトの自筆譜が残っているのは今回演奏する5曲のうち2曲だけ。写譜うぃした人によって楽譜の内容が異なっていること、現行の原典版も当時の演奏スタイルを完全には反映していないことなど、多くの事実の積み重ねの中から、当時の演奏スタイルが見えてきたんです。演奏の歴史は時代の流れとともに大きく変わり、それらを知ることで音楽そのものを見直せるチャンスになりました。計画が流れたお陰で、図らずも研究する時間ができたわけです。そして今回もまず録音の話が立ち上がり、その後に東京芸術劇場さんが演奏会も開きましょうと言ってくださったんです。これでもう流れることはないですね」

有田さんのことだから、楽器にもこだわった。
「モーツァルトの時代には、フルートといってもさまざまな種類の楽器が存在しました。旅の多かった彼は、そのことをもちろん知っていたでしょう。僕は当時のパリの名工が作った楽器を持っているので、今回はそれを使います。ハープはエラール社のシングル・アクションのものだし、弦楽器も管楽器もひとつひとつ、モーツァルトが耳にしたに違いない当時の楽器になるべく近いものを使います」
オーケストラ・メンバーも面白がってくれている。
「リーダーの寺神戸亮さんとはすでに何度も打ち合わせをしていて、準備は着々と進んでいます。個人的な思いなど恣意的な要素を排除して、できる限り歴史に忠実に音にすることで、皆の意識がまとまっています。実はピリオド楽器の方が、モダンよりもずっと音楽的な表現に長けているんですよ。まぁ、こうしたこだわりは演奏者の側のお話で、聴いてくださる皆さんには、まず楽器の見た目やサウンドの違いから入って、最終的には表現される音楽そのものを味わっていただけたらと思います」

当時の一般的な大きさだった20名ほどのオーケストラ。指揮者は立てない。
「寺神戸さんとのやりとりで演奏していきます。室内楽的な緊密なアンサンブルになるはずですよ。そうそう、カデンツァは当時の文献を踏まえ、かつ即興も含んだ僕のオリジナをお聴かせします」


   取材・文:堀江昭朗

 2006年07月02日(日) 有田正広&東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ
   モーツァルト フルート協奏曲全曲演奏会

        ピックアップへ 目次へ